工藤公康 いまの夢は「自分の手で家をつくる」

黒木瞳がパーソナリティを務めるニッポン放送「あさナビ」(6月9日放送)に元・福岡ソフトバンクホークス監督の工藤公康が出演。趣味である農業とDIYについて語った。

退任会見を終え、花束を受け取るソフトバンク・工藤公康監督 =ペイペイドーム 撮影日:2021年10月27日 写真提供:産経新聞社

黒木瞳が、さまざまなジャンルの“プロフェッショナル”に朝の活力になる話を訊く「あさナビ」。6月6日(月)〜6月10日(金)のゲストは元・福岡ソフトバンクホークス監督の工藤公康。4日目は、農業とDIYについて—

黒木)筑波大学の大学院の博士課程でスポーツ医学を学ばれている一方で、農業とDIYをしていらっしゃるということです。Do It Yourselfですね。もともとご興味があったのですか?

工藤)どちらかというとアウトドアやキャンプが好きだったのですが、息子が農業に関わり、僕も現役時代は食事を大事にしていましたので。

黒木)なるほど。でも阿須加くんはなぜ?

工藤)僕が現役のときに、嫁が農家さんと契約する形で野菜を手に入れていたので、農家さんの知り合いが多くなったのです。そのなかの1人の方に息子が影響されて、東京農大というところに行ったのです。

黒木)そうなのですね。

工藤)そこから俳優になったのですけれど、本人は農業にはいまも興味があるのですね。

黒木)やはり食という意味でしょうね。

工藤)そうですね。そこからきっかけをいただいて農業をやるようになって、ここまで来ている段階です。

黒木)それで工藤前監督も農業を手伝っていらっしゃるというか、おやりになっているということですか?

工藤)手伝っているという感じの方が強いですかね。

黒木)DIYに関しても、興味があるわけですよね?

工藤)いまはYouTubeなど、いろいろな動画があるので、面白そうだなと思って観ているうちに、自分もつくりたいと思いました。

黒木)ゆくゆくはご自分の手でお家をつくりたいという夢があるのですよね?

工藤)現役のころはいろいろな球団にお世話になっていたので、コンディショニングの関係で当時は引っ越しが多かったのです。いまはDIYに興味を持ったし、最後は自分で家をつくって、遊び場のような空間も欲しいなと思っています。

黒木)畑もつくったり?

工藤)そうですね。家の目の前の畑で野菜をつくりながら……。そういう家があったら気持ちいいかなと思って、いまやっています。

黒木)阿須加君も手伝ってくださるのかな?

工藤)野菜に関しては、彼自身も俳優をさせていただいているので、いつもというわけにはいかないでしょうから、時間があるときに、僕も手伝いに行けたらいいなと思っています。

黒木)新鮮な採れたての野菜は美味しいでしょうね。

工藤)すごく美味しいです。

黒木)無農薬なのですよね?

工藤)畑に行って採ったものをすぐに食べたのですけど、「採れたてはこれだけ美味しいのか!」と思いました。自分でも驚きました。

工藤公康

工藤公康

黒木)話は変わりますが、現役が29年でしたよね。

工藤)そうです。

黒木)そのときに阿須加君とお嬢さんの遥加さんは、パパをどのようにご覧になっていたのですか?

工藤)どんな風に見ていたのでしょうね。あまり聞いていないのですよ。

黒木)片や俳優で、片やプロゴルファーですよね。ご本人たちのやりたいことの背中を押してあげたということですか?

工藤)やりたいことがあるのであれば、しっかりやっていって欲しいと。何をやっても構わないし、1回やると決めたからといって、「それを好きでなくなっても、やり続けなくてはいけないということはないのだ」と言っていました。いろいろな趣味を持つことも、いろいろなことにチャレンジすることも大事だと思っていて、子どもたちには「好きなことやっていいよ」とずっと言ってきました。

黒木)どんな風にご覧になっていたのでしょうね。

工藤)一日中、野球に携わっていたで、ほとんど子育ては嫁にお任せしていました。

黒木)仕方ないですよね。

工藤)いまは監督も終わったので、家族との関わりを大事にしながらやっていけたらいいなと思っています。

黒木)お家が早く実現するといいですね。

工藤)みんなが集まれるようなところがなかったので、そういう場所をつくれたらと思います。

工藤公康

工藤公康(くどう・きみやす)/元・福岡ソフトバンクホークス監督

■1963年生まれ。愛知県名古屋市出身。
■名古屋電気高(現・愛工大名電)から西武ライオンズに入団。
1981年の夏の甲子園では、ノーヒットノーランを達成している。
■プロ野球選手時代は14度のリーグ優勝、11度の日本一を経験。
西武ライオンズ・福岡ダイエーホークス・読売ジャイアンツの3球団で日本シリーズを制覇し、優勝請負人と呼ばれた。
■29年の現役生活で通算224勝142敗3セーブ。防御率3.45。
MVP、最優秀防御率、最多奪三振など、数多くのタイトルを獲得した。
■現役引退後は、野球解説者・野球評論家として活動。
■2015年から2021年まではソフトバンクの監督を務め、3度のリーグ優勝、5度の日本一。日本一は2017年から4年連続で、パ・リーグ史上初の快挙。
監督通算成績は558勝378敗42分け。勝率5割9分6厘。
■長男は工藤阿須加(俳優)、長女は工藤遥加(プロゴルファー)。
■ソフトバンクの監督就任前に筑波大大学院に合格。人間総合科学研究科で外科系スポーツ医学を学ぶため2014年から通い始め、在任中に球団の許可を得た上で復学し、得られたデータを球団にも還元するなどして修了し、修士を取得。
■今年2月には筑波大大学院博士課程に合格。この春から博士課程に進んでいる。

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