「スーパーラグビー」日本人初出場を果たした田中史朗「日本のラグビーを背負ってのチャレンジだった」

10月2日(日)、スポーツライター金子達仁がメインパーソナリティを務めるラジオ番組「The Deep」(ニッポン放送・毎週日曜20時~20時20分)が放送。ラグビー・NECグリーンロケッツ東葛・田中史朗選手が出演し、「スーパーラグビー」へ挑戦した当時の心境を語った。

一流アスリートたちをゲストに迎え、スポーツの面白さや、アスリートの心の奥底にある想いを届けていく番組、「The Deep」。田中は、2012年にはスーパーラグビーに所属するニュージーランドのハイランダーズに入団。日本人初のスーパーラグビープレーヤーとなる。初の8強入りを果たした2019年ワールドカップを含め、ワールドカップに3大会出場。現在はNECグリーンロケッツ東葛に所属する。田中は、ハイランダーズへの入団を「日本のラグビーを背負ってチャレンジ」だったと振り返った。

田中史朗

金子:(2011年ラグビーワールドカップ後に)心が折られそうになっていた。その直後に世界最高峰にバンジージャンプ。

田中:そうです。もう誰かがやらないといけないんで。今までいろんな方がチャレンジしてはりましたけど。でも誰かがやらないとそこはもう変わらない。だからこそのチャレンジでした。今の奥さんにもついてきてもらいましたし、本当に奥さんがいなかったら、チャレンジも成功してなかったと思いますね。

金子:一生頭が上がらないですね。

田中:そうですね(笑) はい。

金子:飛び込んだハイランダーズはいかがでしたか?

田中:みんな優しかったです。僕、英語喋れないんですけども。

金子:ちょっと待って! それはまた大分チャレンジの難易度をあげていますね。

田中:そうですね、はい。

金子:しかも2022年の日本から行くのであれば、まだ日本のラグビー選手というものに対する認知度もあるし。ひょっとしたら、ちょっとばかりのリスペクトもあるかもしれない。2010年代という2015年以前の日本ラグビー。しかもニュージーランド。嘲笑の対象じゃないですか。

田中:まあ、そうですね。そんなに能力も高くなかったので。まあでも、1つ言えばトニーブラウンがいてくれたのが、僕の中では本当に大きかったですね。

金子:自信っていうのはいつ頃から芽生えてきました?

田中:そんなになかったですね。でもやらないといけないっていう責任感の方が強くて。自分ができる、じゃなくてやらないといけない。

金子:で、最初はやれないし、言っていることはわからないし、コミュニケーションも取れない。もうマイナスばっかじゃないですか! どの段階でプラスの要素が生まれてきたんですか?

田中:いや、そんなになかったですね。やっぱりずっと不安でしたね。僕、能力が低いなっていうのを先ほども言わせていただいたんですけども。能力が高ければ、そこで自分の能力でいけるんですけども。能力が高くないからこそ、コミュニケーションとか、ラグビーを学んで、この自分の知識でなんとかしないといけないっていうので。すごく苦労はしましたけど。

金子:向こうへ行って世界のトップクラス行って、自分の能力がないと分かった時点で消えていくんですけどね。普通。

田中:だからこそ2011年の負けがあったので消えられないじゃないですか! 日本のラグビーを背負ってチャレンジしたので。だからこそ、今の日本のラガーマン、ラガールに言いたいのが、能力が僕以上にある人がめちゃくちゃ多いんですよね。本当にみんな。ラグビープレイヤー男子も女子もすごくあるんで、そういう人たちも世界にチャレンジしてほしいなぁと思います。チャレンジすれば可能性はすごく高いと思います。

金子達仁

その他、食事について気を付けていることを聞かれた田中が、「1番はじめに野菜を食べて胃に膜を張って油の吸収を抑えている。高校の時からずっとやっていますね。」と述べ、金子が驚きを見せる場面も。最後に、「言葉にリアリティを持たせることができる方。だからこそ、チームを変える影響力を発揮することができたんじゃないかな」と、田中の印象を語った。

 

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