阪神・木浪 阪神打線を活性化したルーキーの紆余曲折の野球人生

話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。本日は、5月7日のヤクルト戦で、プロ初の決勝タイムリーを打った阪神のルーキー・木浪聖也選手のエピソードを取り上げる。

【プロ野球ヤクルト対阪神】本日のヒーローの阪神・木浪聖也=2019年5月7日 神宮球場 写真提供:産経新聞社

「いいところで回ってこい! と思っていた。同点で終わらずに、一気に逆転したい場面だったので、打つことができてよかった」

5月7日に神宮球場で行われた、ヤクルト-阪神戦。GWに入って好調の阪神は、1-1と同点に追いついた4回、なおも1死一、二塁のチャンスを迎えます。
ここで打席には、ルーキーの木浪。1ボールから、ヤクルト先発・原樹理の2球目をライト前へ打ち返し勝ち越し。これが結果的に決勝点となりました。打率は.233と低いですが、得点圏打率は何と.350の高打率(いずれも7日現在)。チャンスになると、めっぽう勝負強くなるのです。

斬り込み隊長として活躍中の新人・近本光司とともに、ルーキーコンビ2人で、貧打に悩んでいた阪神打線を活性化。その効果もあって、連休中に始まった12連戦も、1試合を残して7勝4敗と勝ち越し、2位・ヤクルトに1ゲーム差の3位につけています。
とくに今年の阪神は、逆転勝ちがすでに9度目。チャンスに強い木浪の加入が、チームの勝負強さにもつながっているのです。

7日は敵地ではありますが、試合後のヒーローインタビューに呼ばれた木浪。意外にもこれが初めての経験でしたが、実は神宮球場は、亜細亜大学時代に何度も戦った、思い出のスタジアムでした。
3年秋には、明治神宮大会で優勝を経験しましたが、4年秋のリーグ戦では一転、右手を骨折。木浪は神宮で、歓喜と悲劇、両方を味わったのです。

「悔しい思いをしましたけど、優勝したりと、いい経験もできた。プロ野球選手として戻って来ることができたので、全てがいい思い出です」

学生時代の最後に味わった悔しさをバネに、卒業後、社会人野球のホンダに入社した木浪。俊足と巧守で注目され、2018年、ドラフト3位で阪神に入団しましたが、その負けじ魂が養われたのは、実は高校時代なのです。
東北の名門・青森山田高校のセレクションを受けた際、ショートでいっしょにノックを受けた同学年の選手が、現在、中日ドラゴンズで活躍する京田陽太でした。

当時を思い返し「うまかったですね」と語る木浪。結局、京田は1年時からショートのレギュラーとなり、木浪は試合に出るため、サードに転向。猛練習を積んでレギュラーの座をつかみますが、内野ならセカンドでもサードでもショートでもどこでもこなせるユーティリティプレーヤーとしての才能は、このときに養われたのです。
しかし3年夏の青森大会では、現在、阪神でチームメイトの北條史也がいる光星学院(現・八戸学院光星)に敗れ、甲子園には行けませんでした。

「あの悔しさは、今でも覚えている」

と言う木浪。決して順風満帆ではなく、高校〜大学〜社会人と何度も悔しさを味わい、それをバネに成長を遂げて来たのが、木浪の野球人生なのです。阪神に入団する前から、

「1年目から、1軍で出続けるのがいちばんの目標。そこにこだわって取り組んでいけたら。(内野を争うライバルの)糸原さんも社会人上がり。競争が始まるという感じ」

とレギュラー獲得に向け、闘志をあらわにしていた木浪。糸原のほかにも、高校時代に苦杯をなめさせられた北條、ベテラン・鳥谷ら、内野には強力なライバルがいますが、木浪の加入が新たな競争を呼び、眠っていた猛虎を呼び起こすのにひと役買ったことは間違いありません。

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