女子車いすバスケットボール日本代表候補・小田島理恵〜生死をさまよう事故に遭って克服した摂食障害

黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、女子車いすバスケットボール日本代表候補・小田島理恵が出演。摂食障害を克服した経験について語った。

ニッポン放送「あさナビ」

黒木)今週のゲストは女子車いすバスケットボール日本代表候補の小田島理恵さんです。笑顔が絶えず、毎日がメンタル修行だとおっしゃいますが、実は心の病にかかったことがあると伺いました。

小田島)専門学校に入った1年生のときに、摂食障害になってしまって。高校のころには78キロあった体重が、ご飯が食べられなくて、たった1〜2年で37キロになってしまったのです。

黒木)それは原因がわかっているのですか?

小田島)いろいろなストレスですね。勉強や友達関係、あとは太っていたのもあって、「痩せなきゃ」と。いろいろな要素で摂食障害になり、1〜2年で41キロ減ってしまいました。そこから頭が働かなくなってしまって、うつ病になり、加えて事故にも遭ってしまうという踏んだり蹴ったりの状況でした。でも、その事故がきっかけでプラスになった感じがします。怪我をする前はあまり人を頼らない子だったのです。

黒木)自分で何とかできていたのですね。人に頼らないというのは甘えないとか、人を信じられないとか?

小田島)そうですね。

黒木)自分のなかでストレスを抱え込んで、摂食障害になったのですね。その後、生死をさまようような大変な事故だったと伺ったのですが、「そのお陰で」と笑顔でおっしゃるのは、自分で感じるのですか?

小田島)事故でまったく動けなくなって、そこで初めて「人に頼る」ということを知った気がしました。親も毎日来てくれて、自分の周りにはこんなに人がいて「頼っていいのだ」ということを知ることができたし、人に甘えることも知って、逆に生きやすくなった気がします。事故に遭ったことによって、日本を背負って海外と戦い、海外で試合もするという経験をさせてもらっている。

黒木)もし事故がなかったら、あのままの自分がとても怖かったということがあるのですね。

小田島)もしかしたら、いまもうつ病のままだったかもしれませんし、摂食障害についてもバスケを始めることで「ご飯を食べなきゃ」と思えて、食べられるようになりました。

黒木)車いすバスケットボールに出会ったことや、人々の支えなど、いろいろなことが力になったのですね。そして目指すのはパラリンピックという、いいこと尽くしで。何としても代表に選ばれたいですね。ライバルはたくさんいますか?

小田島)たくさんいます。でも、そこを勝ち抜きたいですね。

黒木)代表が決まるのは数ヵ月後だと思いますが、それから半年ありますものね。半年でもっと強くなれますね。

小田島)半年を「もう半年しかない」と思うのか、「まだ半年ある」と思うのかという違いも大きいと思います。

黒木)海外の車いすバスケはレベルが高いのですよね。

小田島)高いですね。

黒木)日本がどうやって食い込むのか、作戦は考えていらっしゃるのですか?

小田島)日本代表は体が小さい分、小回りや俊敏さなどのスピードが海外の選手に勝てるところなので、トランジションという攻守の切り替え、相手が守れないうちに攻め切ってしまうスタイルを目指してやっています。

2008年北京パラリンピック(車いすバスケットボール-Wikipediaより)

小田島理恵(おだじま・りえ)/車いすバスケットボール 日本代表強化選手

■1989年、4月1日生まれ。30歳。
■車いすバスケットボール女子日本代表候補・強化指定選手。
■リクルートオフィスサポート所属。ニックネームは「おだじ」。
■22歳のときに事故に遭い、脊髄損傷不全麻痺になり、右下肢と体幹の機能が低下。退院後、リハビリ目的で訪れた障害者スポーツセンターで行われていた車いすバスケットボール体験教室に参加したことを機に競技生活がスタート。
■2013年、東京を拠点とする女子チーム「GRACE」に加入。2016年から日本代表強化指定選手として国際試合にも出場。2019年のアジアオセアニアチャンピオンシップスでは3位に入賞した。
■現在も女子日本代表候補・強化指定選手として活躍し、東京パラリンピック出場を目指す。

【車いすバスケットボール】
■10分×4ピリオド制。ダブルドリブルは適用されない。
■コートの広さやボールの大きさ、ゴールの高さなどは健常者のバスケと基本的に同じ。
■選手は障害に応じて持ち点(1.0〜4.5、数字が小さいほど障害の程度は重い)が定められ、1チーム5人の持ち点が14.0点以下でなければならない。
■パラスポーツのなかでも花形スポーツと言われ、スピードと俊敏さ、そして激しさが伴うスポーツ。

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