浅香山親方の妻が明かす「がん手術前、弟子たちから激励メールが」

浅香山親方の妻が明かす「がん手術前、弟子たちから激励メールが」

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「おかみは母親代わりと言われますが、『子育て経験のない夫婦が若い男の子を預かって何ができるのか?』と周囲に思われるのでは、と自信がなかったんです。でも、この6年でプラスに考えられるようになりました。ほかの部屋のおかみさんは子育てで忙しくて大変だろうけど、私は子どもがいないぶん、暇だけはある。最近では、『子どもがいないからこそ、あなたたちに目を掛けられるんだからね!』なんて言ってるんですよ」

38歳まで23年間もの長きにわたって現役生活を送った、希代の人気元大関・魁皇の浅香山親方(47)にとって、古賀充子さん(51)は5歳年上の姉さん女房だ。引退後、夫が親方となり、2014年に東京都墨田区に部屋を構えると、妻である充子さんも“おかみさん”と呼ばれる存在となった。

「私は46歳で『この年で一から新しいことを始めるの?』と考えると、しんどかったですよ(笑)。あと10年若かったら、もっといろいろしてあげられるのに、って」

充子さんは、かつて『西脇充子』の名でリングに上がった元女子プロレスラーでもある。’90年10月、22歳で戦いの場から下り、第二の人生を歩んでいた彼女の前に、’97年9月、現れた敵は「卵巣がん」だった。

「家族を呼ばれる告知でもなく、私ひとりきりで、いきなり結果を知らされた。逆に悲愴感がなかったくらいです。不思議ですね。『明日から入院するから、ゴミを捨てよう』『バイト先からお給料を先にもらっておかなきゃ』なんて、現実的なことをまず考えた。でも、その後、抗がん剤治療をして髪の毛が抜け始め、じわじわとがんになったことを実感するんです」

しかし、この闘病が縁結びともなり、人気大関の妻となる。夫との結婚生活は、タッグを組んで闘うような日々だった。そして現在は、土俵に上がる11人の弟子たちとの泣き笑いの毎日を送っている。

充子さんが作業する事務室に稽古を終えた弟子が集まり、おやつを食べたり話し込んだり。ちゃんこ場をのぞく充子さんの肩をさりげなくもむ力士もいて、和気あいあい。部屋にはいつも笑い声が響く。

「私は彼らと生活するまで、自分は一切“母性本能”というものがない人間だと思っていた。こんなに母性があるんだと初めて気がつきました。親方にとっての弟子で、私にとっては弟子じゃないので、私は“うちの子どもたち”と言ってしまいます。もうかわいくてしょうがないんですね。大変な子育ても経験せずに、11人も子どもがいると考えると、なんて私は幸せなんだろうって」

だが、そんななか、また新たな「闘い」が始まったーー。

「初めてお話するんですが、私、1年半前に乳がんになっているんです。今日は検診の日だったんですね。結果は大丈夫でしたけど、乳がんって10年は見ないといけないらしく、先生に『これから長い付き合いになりますよ』と言われているんです」

新たな「敵」は、50歳になった記念にと、昨年2月に友人とPET検査を受けたことで見つかる。検査翌日に電話があった。

「今から病院に来られますか? 7ミリの乳がんが見つかりました。早期でよかったですね」

絶句した。なぜ今になって、またこの私が? せっかく卵巣がんを克服したのにーー。この日から数日、充子さんは、今までにないほど涙に暮れた。弟子たちの姿が見えないと、彼らの暮らす大部屋に乗り込んでまで、たわいないおしゃべりを楽しみにし、日課としていたのだが。

「このときばかりは泣きましたね。子どもたちの顔を見るのが本当につらくて、とにかく彼たちを避けた。自宅部分に親方とずっとこもり、何日も会わなかったんです。子どもたちも、『おかみさん、どうしたんだろう?』とは思っていたでしょう。でも顔を見たら、もっと泣けてきちゃうから、どうしても会えなかった」

乳がん発見後から1カ月、昨年3月の大阪場所前のことだ。東京で手術を翌日に控えた病院のベッドの上で、充子さんは、部屋の人間からスマホに届いた一通の動画メールに気づく。けげんに思い、開いてみると、いきなり力士一人ひとりの笑顔が目に飛び込んできたのだ。

「おかみさん、手術頑張ってください」「僕も大阪場所の勝ち越し目指して頑張ります!」「いつもありがとうございます。ゆっくり休んでください」

11人の子どもたちの姿が代わる代わる画面に現れた。数週間ぶりに目にした、まぶしいほどの笑顔。そして今では懐かしささえ感じる、聞き慣れたこの声。画面が涙でにじみ、充子さんはスマホを握りしめて何度も繰り返し見続けた。

「みんな、ごめん。心配掛けてごめん。大阪に行ってあげられなくてごめんねーー」

画面の向うの一人ひとりに、いつの間にか語りかけていた。とめどなくあふれ、止まらない涙は、手術への恐怖と不安を洗い流すかのようだった。

「退院して体力も戻り、彼らが大阪から部屋に帰ってきて顔を見たら、『みんな、お帰り〜! 私もう元気だよっ』って、もう一人ひとりとハグですよぉ」

夫である親方は、そんな充子さんに目を細めながらも、「弟子たちに入れ込みすぎて、あれこれ心配したり、取越し苦労したりするのは体にも悪いからやめてくれ。ほどほどにしてくれ」と、くぎを刺しているという。

「いつかは第二の人生を歩んでいく子どもたちと、いつまでも一緒にいられないのは、わかっているつもり。親方は、そのときに私が“弟子ロス”になるのを心配しているんです。先のことを考えてもしょうがない。私も強くなれたのかな」

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