落合博満が「なんで与田なんだ?」オレ流大咆哮

落合博満

 御大のノムさんと並ぶご意見番≠フイベントに潜入取材を敢行。「オレ流秘話」を連発した160分間を徹底レポートしよう。

「横浜球場でオープン戦やってるっていうのに、どうしたんですか、みなさん」

 集まった数百人の聴衆が噴き出す。試合中のハマスタにほど近い会場で、いつもどおりシニカルに飄々と語るのは落合博満氏(65)だ。去る3月16日、「オレ流野球の真実 決断=実行」と題した講演会を横浜市内で開いた落合氏。シーズン開幕直前に、忖度のない落合節≠ェ聞けるならば、と足を運んでみた。

 だが、期待する「シーズン展望」は一切語られず。講演テーマが落合氏の経験から「人生やビジネスのヒント」を導くというものだったのだ。しかし、そこは千両役者の落合氏。

「また同じ話かって思われるのはめちゃくちゃシャクに障るんで、まるっきりしゃべったことのない話を」

 と、ファン垂涎のマル秘エピソードを語り始めた。

 まず飛び出したのはご当地ネタ。社会人時代の落合氏に最も早く接触してきたのは、当時の横浜大洋ホエールズでスカウトを務めた、のちのベイスターズ球団代表・湊谷武雄氏だったという逸話から。

「いちばん熱心だったのが横浜と阪神。でも4年目まではドラフトにかからなかった。あとから聞いたら会社が全部断っていたんだ。5年目(78年)も横浜は声をかけてくれてたんだけど、ちょうど江川問題≠ナ巨人がボイコットした年で、ドラフトは各球団が4人までしか指名できなかった」

 結局、横浜でのプロデビューはならず。同年にロッテが3位指名するに至ったことを明かす。そして続けざまに、

「プロ野球界での大恩人は稲尾さん。酒飲んでる時はサイちゃん(=稲尾氏のあだ名。サイのような目つきから)って呼んでた。ピッチャーの心理を教えてくれたのは江夏さんで、打席に立って『怖い!』と思ったのは村田兆治さん。フリーバッティングで投げてもらって、2球でバットを2本折られたよ」

 と、本邦初の話が次々に飛び出してきたのだ。レジェンドとの交友を初公開したかと思えば、07年日本シリーズで完全試合目前に降板した山井大介を引き合いに出し、

「いろんな球団でピッチャー見てきたけど、ハマった時の山井は図抜けてる。でもすばらしい投球をしても突如ストライクが入らなくなるピッチャーいるでしょ? 山井はそれ。修正が効かない。あれをシーズン通せば20勝できるのに」

 と現役を続ける愛弟子にエールを送る。ロッテで三冠王を初獲得した時の契約更改話にも驚かされた。

「三冠王で2800万の提示。今ならすぐに億だろう。『実績がない』『この三冠王には価値がない』と言われた。32本、99打点じゃダメだと。三冠王獲った王さんや野村さんに言われたら納得するけど‥‥」

 球団のあまりの低評価に反発し、のちに2度の三冠王に輝くことができたという。

 中でも最も衝撃的だったのはこの話。

「8年間の中日監督時代、コーチは30人くらい代わってる。俺の意に背いた連中は全員排除したんだ」

 恐怖政治による独裁告白かと思いきや、真相は─。

「選手が悩んでる時に自分から向き合って、一緒に悩んでやれなかったコーチがいた。それに『選手のほうを向いて野球やれよ』と言ったのに、球団や本社筋を向いて、チームに残ろうと保身のそぶりをした連中も。(就任当時から)最終的に残ったのは、森繁和(前監督)と勝崎(耕世=現コンディショニングコーチ)、石嶺(和彦=元打撃コーチ)の3人だけ」

 この日最後のネタは、今季から与田剛監督、伊東勤ヘッド体制の古巣・ドラゴンズへ向けて一刀両断。

「この人事に落合が絡んでるという噂が立ちました。悪かったら何でも俺の名前出しゃいいんだというのがけっこういる。一切関わってません。俺が聞きたいよ、なんで与田だったのかって。本当になんで?」

 あたかも「与田じゃダメだ!」と言わんばかりの言いっぷりに会場は拍手喝采。球春到来しオレ流≠フ切れ味はますます鋭くなっているようだ。

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