ガチ直撃!安田忠夫が明かした「道場最強レスラー」「恩師・猪木との関係」

安田忠夫

 元プロレスラーで、総合格闘技界にも鮮烈な印象を残した安田忠夫(56)がユーチューバーに転身。18年11月に開設した「安田忠夫の人生劇場」の動画数は実に67本を数え(7月10日現在)、「プロレス八百長問題」、業界用語で試合の進行についての「ブック」やストーリー展開を指す「アングル」についても明かしている。

 安田がプロレスを「キング・オブ・スポーツ」ではなく、「エンターテインメントである」と言い切るのは、総合格闘技で世界のトップクラスと対戦したことの影響が大きい。プロレスに対する「黒船」として日本に襲いかかった総合格闘技は、新日本プロレスのアイデンティティでもあった「プロレス最強論」を崩壊させた。その現場を安田は間近で目撃してきたからだ。安田は動画でこう主張している。

〈柔道とかやっている人にしてみたら、腕ひしぎ逆十字がきまって腕が伸びているのに『参った』しないのっておかしいでしょ。首絞められて、こんなことしている(腕を上げて苦しさをアピールする動作)ヤツいないでしょ。みんな首を押さえてこうするでしょ(気道を確保しようとする)。首絞められたら落ちちゃうでしょ。要するにちゃんと格闘技の心得のある人が見れば、おかしいということになるんでしょうね。

 総合格闘技ならば、技を受けた時点で負けじゃない。だからガードするじゃん。だけどプロレスでガードしたら試合にならない。だから僕らがやられていることを、一度でもやられてみなさいよって。こんなことを自信をもって言えばいいんだけど、日本は変なところがあって、なんかガチじゃないとだめみたいな、闘いを売り物にして、ずっと昭和からきているからね〉

 さらに、新日本プロレスの「道場最強論」も過去のものと一刀両断にした。

〈プロレスでは安田さんって弱いキャラクターというか弱いイメージがあったと言われるのは、負ける役目だったからです。ファンは皆、『レスラーに強い人いますか』って聞くじゃない。誰もいないから(笑)。

 ヒクソンが強いといったって、それほどじゃないですよ。だって結局、最初に高田さんが負けて、そのあと船木が負けたでしょ。それで終わりじゃん。こんな言い方してプロレスファンの夢を壊しちゃうかもしれないけど。新日本が強いのなんのと言うかもしれないけど、もしかしたら全日本プロレスの人のほうが強かったかもしれないし、ただそういうスタイルを売っていただけ。

 新日本の道場でやっていたことって寝技からだけなんで、総合格闘技のように立ち技からやったら結局、通用しなかったじゃない。それこそ今から25年ぐらい前にはっきりした。藤原さんは、その当時の周りにいる人には強かったかもしれないけど、結局、グレイシーとか来るようになって、日本人は腕ひしぎとか入り方が2つくらいしかなかったのよ。でも、ノゲイラとかそうじゃない。下にいて攻められているはずなのに、キメられちゃう〉

 はたして安田の真意をあらためて尋ねると、「別の競技を同一に論じるのはナンセンス」と一笑に付す。

「よく『道場では誰が強かったですか』と聞かれるけど、僕がいた当時では、石澤(常光=ケンドー・カシン)とか藤田(和之)はずば抜けてましたよね。石澤クラスのレスリングで全日本チャンピオンになった人の実力は半端ではない。その点では、中西(学)も強いですよ。ただ人から聞いた話では、それこそ、猪木さんが『総合やるか』と言ったら『1年ください』と言った瞬間、猪木さんが『バカか』と言ったって話もあるほど。そういう天然なところはあるかもしれない。その点、俺は猪木さんに『いけるか』って言われたら直立不動で『はい』の即答でした。でも僕は、道場でも落ちこぼれだった。寝技でスタートすると、柔道とかの経験がないからキメきれない。かつて『真壁事件』というのがあって、新弟子で入ったばかり真壁(伸也=現・刀義)とスパーリングした時に、まったくキメられずに橋本さんから『ヤス、何やってんだ』とどなられたほどでしたよ」

 結果、安田の総合格闘技での成績は2勝4敗。記録よりも記憶に残るレスラーとなったのだ。
 安田といえば、総合のリングに上がることで一躍脚光を浴びたが、その立て役者こそ、アントニオ猪木にほかならない。しかし、先の「安田忠夫の人生劇場」では「くそじじい」と連呼するなど、かつての「恩師」にも容赦ない。

「猪木さんは俺とか石澤君を総合に送り込んで結果を出せたのは、そういうレスラーでも総合に向いている選手を見いだす才能があったからだと思います。中邑真輔しかりですよね。結果的に、俺の場合は試合のギャラをピンハネされたんで、当時の猪木事務所の社用車のタイヤ分くらいは稼いだかなと思うんですよ。本体は藤田君だと思いますが(笑)。猪木さんは、俺から見ればプロデューサー。興行って、当たることもあれば外れることもあるんですよ。どんな人だってずっと当たってたことはないですよ。それが変な方向に続いて変なことになったのが新日本の暗黒時代だった。かつて右腕だった新間寿さんが言った言葉があるじゃないですか。『アントニオ猪木はすばらしいけど、猪木寛至は最悪だ』。あれじゃないですか」

 これからもユーチューバーとして、ファンのさまざまな質問に答えていくというから、戦々恐々とする関係者も少なくないだろう。

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