「卓球をめぐる物語の多様化」編集長・槌谷 全日本総括

少し個人的な表現で総括することを許してほしい。
今回の全日本は、個人的な荒野を抜けて、個人的な手応えを手にした選手が多い気がしたからだ。

もう全日本だけじゃない時代に

例えば、13年ぶりの決勝だった松平健太(ファースト)は試合後、会見で淡々とこう語った。
「(権利を獲得した)パリ五輪選考会には出ません。今回が良かったからどうこういう問題ではないので。次は1週間後からTリーグが続くので、優勝を目指して頑張ります」。

松平健太
写真:松平健太(ファースト)/撮影:ラリーズ編集部

シングルス・ダブルスで悲願の初優勝を果たした戸上隼輔(明治大学)は、優勝会見で抱負をまっすぐに語った。
「まだ自分の物語は始まったばかり。自分もいち早く世界のトップの仲間入りをして、中国選手を何人も倒せる選手になりたい」。

写真:戸上隼輔(明治大)/撮影:ラリーズ編集部
写真:戸上隼輔(明治大)/撮影:ラリーズ編集部

休養期間を経て、今回、邱建新というかつての石川佳純のコーチと共にベスト4まで勝ち進んだ加藤美優(日本ペイントマレッツ)。 
「今まで自分はあまりコーチに教わってきてこなかった。だいぶ前向きな気持ちになれている」。

写真:加藤美優(日本ペイントマレッツ)/撮影:ラリーズ編集部
写真:加藤美優(日本ペイントマレッツ)/撮影:ラリーズ編集部

女子ダブルス準優勝の宋恵佳(中国電力)は、この全日本で現役を引退する。まだ26歳だ。
「こんな終わり方できるのもなかなかないと思う。いい一年だった」。

宋恵佳
写真:宋恵佳(中国電力、中央)、成本綾海(中国電力、右)/撮影:ラリーズ編集部

卓球をめぐる物語は多様化している。
個人的な手応え、それぞれの生き方。
それがとても自然なことに映るのは、卓球が個人競技であることの厳しさと自由さによるのかもしれない。

もう卓球に、全日本しかない時代じゃない。

でも、そのことは全日本の価値を少しも毀損せず、選手にとっての動機と収穫を豊かにしていた。

歴史的な棄権数

一方で、コロナは個人が自らを表現する舞台も奪った。
全日本、合計約1,100試合。
うち、棄権数118件。

無念さに大小はないが、前日の女子シングルス準々決勝、佐藤瞳(ミキハウス)との記憶に残る激戦を制した翌朝の、木原美悠(JOCエリートアカデミー/星槎)の棄権には言葉を失った。

常に見えないウィルスに最大限気を配りながらの今大会は、選手やスタッフの疲れは異次元のものだっただろう。

写真:木原美悠(JOCエリートアカデミー/星槎)/撮影:ラリーズ編集部
写真:木原美悠(JOCエリートアカデミー/星槎)/撮影:ラリーズ編集部

メディアとは何だ

男子決勝戦。
松平健太のサービスのインパクトの瞬間を狙っていた、隣の新聞社のカメラマンがファインダーを覗いたまま、ぼそっとつぶやいた。
「いや、回転の違い、ホントに全然わかんないわ」

時代は変わっても、原始的な卓球の魅力は台上にずっとある。

松平健太,戸上隼輔
写真:松平健太(ファースト、奥)と戸上隼輔(明治大、手前)/撮影:ラリーズ編集部

メディアの言葉は、台上で交錯する閃きと、選手のまなざしの理由に、いつも追いつきたくて、追いつけない。
葛藤するうちに、伝えることもまたメディアだけの特権ではない時代に変わった。

選手の声は選手自身が発信する。試合動画はリアルタイムでも見逃しでも、協会のHPで観られる。
喜ぶべきことだ。
NHK総合で全日本決勝の放送を、国民皆が知っている水谷隼が解説してくれる時代がやってきたのだから。

全農
写真:大会期間中、全農が募集した出場選手へのメッセージは合計779件にも及んだ/提供:全農

個人的荒野を抜けて

卓球をめぐる、総論の幸福と各論の不安。

でも、Tリーグをはじめ、卓球を伝える文脈は多様化し、機会は豊かになった。

やるべきことは、私が個人的に何をどう表現したいのか、それだけだと思った。

それは不思議と、全日本で輝きを取り戻した選手たちに感じたことと似ている。

活字表現の隘路を感じるこの時代であっても、私もその個人的な手応えを今は信じようと思っている。

吉村真晴(愛知ダイハツ)
写真:吉村真晴(愛知ダイハツ)/撮影:ラリーズ編集部

取材・文:槌谷昭人(ラリーズ編集長)

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