【卓球】田添健汰「人生が変わった」 水谷からの運命のLINEとは

写真:田添健汰/撮影:ラリーズ編集部

プロ卓球選手、田添健汰(たぞえけんた)24歳。学生時代にミックスダブルスで3度日本の頂点に立ち、世界卓球にも出場した田添はプロデビューから1年を経て今何を思うのか。田添の今に迫った。

日本一強くなれる環境

田添は現在、神奈川県川崎市にある木下グループの専用練習場を拠点に活動する。水谷隼や張本智和らのスター選手を揃える“卓球界の巨人軍”の一員となった田添は「今、日本で一番強くなれる環境にいる」と言い切る。

「Tリーグが開幕してから、水谷(隼)さん、大島(祐哉)さん、(松平)健太さんも張本(智和)くんも海外ツアーでいない時以外はみんないて。邱監督が練習メニューを決めてくれるのですが、言われた通りにやると強くなれる」

午前、午後とそれぞれ2時間〜3時間ずつ行う練習メニューは木下グループ総監督の邱建新氏が緻密に組み上げたプログラムだ。元中国代表でドイツのプロリーグでも活躍した邱氏はプライベートコーチとして水谷をリオ五輪のメダリストに導いた実績などから、多くのトップ選手から“最も師事したい卓球指導者”の一人としてその名が挙がる。

「邱監督は、個人個人の長所と課題をすぐ見抜いてくれる。僕の場合はフォアが得意でバックが課題。今はバックハンドを取り入れたフットワーク練習が多いのですが、苦手意識のあったバックが試合で使えるレベルになってきた。1月の全日本(選手権)でも負けはしましたが張本戦でバックが通用していて、成長を実感しました」

一方で、スター軍団に属するが故の課題もある。それは出場機会の少なさだ。田添はTリーグでプレーオフも合わせたシーズン22戦のうち、出場したのは9試合(3勝6敗)。しかもシングルスでの出場機会はゼロでダブルスのみの出場だった。

希望が丘高校、専修大学と卓球の名門でエースとして活躍してきたプライドもある。団体戦では当たり前のようにシングルスとダブルスの“2点取り”をしてきた田添にとって、出場機会の少ないチームに属するのは初めての経験だ。それでも田添は自身にとって必要なステージをと位置づけ、前向きに捉える。

「強くなるために必要な緊張感と危機感。これを日々感じます。負けたらオーダーに書いてもらえなくなるので必死です。正直、学生時代は勝っても負けても使ってもらえる環境で今ほどの緊張感は無かった。学生の頃も今のような危機感を持てていたら、もっと強くなれていたのにと思うこともあります」

人生変えた水谷からのLINE

写真:田添健汰/撮影:ラリーズ編集部
写真:田添健汰/撮影:ラリーズ編集部

田添があえて厳しいプロの世界に飛び込んだきっかけは何だったのか。

「水谷さんですね。いきなりLINEが来て考えてみてよ、と。正直実業団も視野に入れていて迷っていた時だったので大きく揺らぎました」

田添は大学4年生になった直後の2017年4月、韓国オープンで韓国のエースのイ・サンスに金星を挙げる。翌月の世界選手権では前田美優と組んだ混合ダブルスでベスト8に入り、8月のブルガリアオープンでは、高木和卓と松平賢二らを連破し、シングルスで3位に入った。

「ちょうど結果が出て自信がついた時期。上を目指すのであれば、水谷さんと同じ母体で練習できるのは大きいと思いました。」水谷の存在が、迷っていた田添の背中を押した。

2018年4月から木下グループの所属となった田添は晴れて憧れの水谷のチームメイトとなった。練習パートナーに指名されることも多いという。

「多分頼みやすいんじゃないですかね。僕、ちゃんと持ち上げるんで(笑)。今、水谷さんと一番長く一緒に過ごしているのは僕ですね。奥さんよりも僕の方が一緒にいるかもしれません(笑)」

練習に加え、回復のために入る酸素カプセルの中、そして食事まで水谷ととことん一緒に過ごし、思いっきり影響を受ける。「成功したければ成功者の近くにいろ」との格言を田添は日々実践する。

国内最高峰の環境に身を置く田添の成長曲線は、急カーブを描いて上を向く。

文:川嶋弘文(ラリーズ編集長)

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