「監督の喝で気合が入った」“卓球と仕事の両立”に苦しんだリコー・宮本幸典の復活劇

「仕事と卓球の両立」。社会人になった卓球プレーヤーの多くが「言うは易く、行うは難し」と実感したのではないだろうか。

日本卓球リーグ1部というトップレベルで戦いながらもフルタイムで仕事をこなすリコー卓球部でも、理想とのギャップに苦しんだ男がいる。社会人3年目の24歳・宮本幸典(みやもとゆきのり)だ。

宮本は中央大学で、全日本選手権混合ダブルス準優勝、全日本大学総合選手権シングルスベスト8、ダブルス優勝を果たした実力者だ。輝かしい実績を引っ提げてリコー入りするも、両立に苦しんだ時期があったと明かす。

「3年目にしてようやく順調になった」と語る宮本は、どのようにして卓球と仕事それぞれに向き合い直せたのだろうか。

同期に刺激受け卓球に打ち込んだ中央大学時代

――宮本選手は中央大学で全日学ダブルス優勝など大きく成績を残した印象があります。振り返っていかがですか?
宮本幸典(以下、宮本):
大学はめちゃめちゃ濃い卓球の思い出がいっぱい詰まってますね。大学時代は卓球しかやらなかったです。

――大学では卓球が疎かになる選手も多い中、なぜ卓球に打ち込めたのでしょうか?
宮本:同期の力が大きいです。

同期には、定松祐輔(希望が丘→中央大→現・日鉄日鉄物流ブレイザーズ)と、坂野申悟(富田高校→中央大)がいたんですけど、本当に勝てる要素がなかった。

東山高校で関西三冠取って、大学に行ったらその鼻を簡単にへし折られました。「ヤバい。こんな強いんだ。このままだったらダメだな。卓球頑張ろう」と初めて思いました。

宮本幸典
写真:宮本幸典(リコー)/提供:リオさん

――卓球に打ち込んだ大学時代、印象に残ってることはありますか?
宮本:
やっぱり2年生の全日学ですね。

シングルスランク決定で厚谷(武志)さん(現・信号器材)と対戦しました。それまで0勝5敗ぐらいでしたが、全日学前にシチズン時計へ練習に行かせてもらって、御内(健太郎)さんが練習相手になってくれました。

その甲斐あって厚谷さんに勝てて、勢いで渡辺裕介(現・協和キリン)にも勝てました。

準々決勝で大島(祐哉)さんと東山高OB対決だったんですけど、ちょうどその試合に東山高校の恩師である宮木先生と今井先生が見に来てくれてて、感慨深かったですね。

仕事面での苦労

――中大卒業後、宮本選手がリコーを選ばれた理由は?
宮本:
卓球でそこまでの実力がなかったので、このまま卓球でご飯を食べていくことは無理だろうなと思っていました。

学生時代までは卓球だけでしたけど、社会人になったら徐々に仕事にシフトしていく形を取りたいと考えていました。

大学2年生のとき全日学でシングルスベスト8と成績を出せたので、リコーに入れたという感じです。

宮本・池田
写真:2020年全日本での宮本幸典(写真手前)・池田忠功/撮影:ラリーズ編集部

――今、リコーではどのようなお仕事を?
宮本:
人事本部 総務統括部 機能推進グループで、ファシリティマネジメントという仕事をやっています。

全国のリコー事業所全ての建屋関連、設備を見て、どこの事業所をメインで直していくかを決めたり、働き方改革で事務所や働き場を綺麗にしたり、インタラクティブな環境を作ることをメインで仕事をしています。

――仕事面で苦労したことはありますか?
宮本:
今までパソコンをあまり使ったことなかったので、エクセルでの業務が一番苦労しました。

他にも議事録を取るのも大変でした。最初はパソコンで打つより書く方が速かったので、紙で全部メモしてたんですけど追い付けなくて、携帯で録音して文字起こしして議事録作成してました。

今は会議の重要なポイントもわかってきたこともあり、慣れてスラスラ打てるようになりました。

「辞めていいよ」工藤監督からの喝

――実際に2年と少し社会人として働きながら卓球をしてみてどうですか?
宮本:
個人的には、今が一番充実しています。

入社1,2年目は、仕事と卓球の両立ができていなくて、工藤監督やチームメートとのすれ違いが少しありました。

自分の「卓球は二の次」みたいな感情が表に出すぎてしまって、やる気ないわけではないですけど、あまり良い雰囲気ではなかったです。

ただ、今は自分も仕事と卓球を両立してどちらも大事と思えているので、3年目にしてようやく順調になりました。

宮本・池田
写真:2020年全日本での池田忠功・宮本幸典(リコー)/撮影:ラリーズ編集部

――何かきっかけがあったんですか?
宮本:
2019年は、全日本社会人の予選に落ちて、全日本シングルスの予選も落ちました。唯一全日本のダブルスに関してはビックトーナメントで推薦権があったんですけど、予選という予選全て落ちたんですよ。

僕もその経験は初めてで、でも自分の中でめちゃくちゃ悔しいという感覚がなかった。その気持ちを監督に言うと、監督が喝を入れてくださって、マインドチェンジしながら今に至るという感じです。

宮本・池田
写真:2020年全日本での宮本幸典(写真奥)・池田忠功/撮影:ラリーズ編集部

――具体的にはどのようなことを言われたんでしょうか?
宮本:
シンプルに「辞めていいよ」と最初言われました。僕も反抗的になって、「仕事しようと思って入ってるんで全然辞めようと思えばできます」みたいなことを言ってしまった。

でも工藤監督は「6年間は選手としてやることを見据えて入社したんだし、そこまでは頑張ってほしい。全日本はダブルスがあるからもう一回頑張ろう」と素直に伝えてくださった。

そこから、監督と1対1で1ヵ月に1回ぐらいのペースで、自分の今のモチベーションや卓球の状況に関する打ち合わせを開いて、話すようになってから良い感じになりました。

宮本・池田
写真:2020年全日本での池田忠功・宮本幸典(リコー)/撮影:ラリーズ編集部

――その後の全日本でダブルスベスト8(ペア・池田忠功)とランク入りしましたね。
宮本:
「ようやく成績出せた。これからだな」と思った矢先にコロナで何もできず、今はもどかしい気持ちです。

ただ、モチベーションは変わらず、むしろ今は卓球やりたいなと自然に思えるようになっています。

――卓球面へのモチベーションが高くなった今、これからの目標をお聞かせください。
宮本:
卓球でもう一花咲かせたい。今は気持ちを入れて頑張ろうという感じなのでどこかのタイミングで成績出したいなと思っています。

ダブルスの方が得意でダブルスはそこそこの結果は出せるんですけど、シングルスは出せてない。

自分の中で卓球やってたら全日本で1度でいいからシングルスでランクに入ってみたいというのがある。そこはやっぱり目指したいですね。

宮本幸典
写真:宮本幸典(リコー)/提供:リコー

宮本は、高いレベルでの卓球と仕事の両立に苦しみながらも、監督やチームメートの支えで再び卓球に向き合い直せた。2020年の全日本ダブルスでは、パートナーの池田も「今までで1番気合いが入っていた」と宮本の卓球に対する姿勢に太鼓判を押す。

社会人でありながら卓球選手でもある。宮本がリコー卓球部の一員として再び輝くときが楽しみだ。

取材・文:山下大志(ラリーズ編集部)

関連記事(外部サイト)