長友佑都の後継は誰か? タジキスタン戦で露呈した「左サイドバック」の人材難

長友佑都の後継は誰か? タジキスタン戦で露呈した「左サイドバック」の人材難

一部のメディアから酷評された日本代表(撮影・六川則夫)

■やはり長友頼み!?


 6月7日に行われた2022年カタールW杯アジア2次予選の日本対タジキスタン戦は、日本が橋本拳人(27)や川辺駿(25)の代表初ゴールで4−1と勝利した。

 ***

 すでに日本は最終予選進出を決めていたためメンバーを大幅に変更。吉田麻也(32)、酒井宏樹(31)のベテラン2人は五輪代表に参加したため不在で、長友佑都(34)もベンチから戦況を見守った。

 このためチグハグな試合運び、さらには2次予選で初めて失点したことで厳しい論調もあった。

 そのエクスキューズとしてタジキスタンは最終予選進出の2位争いをしているチームであり、ミャンマーやモンゴルとは“格”が違うこと、日本はDF陣のメンバーを総入れ替えしていることが指摘された。

 たぶん新型コロナウイルスの影響だと思うが、日本が98年フランスW杯に初出場して以来、W杯2次予選がこれだけ注目を集めたのは初めてだろう。

 例えば前回は、初戦のシンガポールにホームで0−0と引き分けたことで、ハリルホジッチ監督(69)は批判の矢面に立たされた。

 しかしその後はカンボジア、アフガニスタン、シリアに連勝し、2次予選は7勝1分け0敗の無失点で最終予選に進出した。「アジア2次予選は勝って当たり前」であり、失点したかどうかなど問われなかった。なぜなら日本にとって2次予選は通過点だからだ。


■激戦の右SB


 ところが今回は違った。前述したようにコロナウイルスの影響かもしれない。海外からチームを受け入れて試合をすることが難しい状況にある。

 このため2次予選でも世間の耳目を集めた。実際、W杯予選で来日したキルギスはコロナウイルスの検査で陽性反応の選手が1名いて、濃厚接触者にGK3名を含む5名の選手が該当したためモンゴル戦はDFがGKを務めたものの、最下位のモンゴルに0−1で敗れた。

 日本は「勝って当たり前」の試合で初めて失点したこと、主力3人が五輪代表で不在だったこと、そのため新しい選手が起用されたことで注目度が高まった。それはそれで、話題として取り上げられたことは歓迎すべきかもしれない。

 そしてタジキスタン戦で明らかになったのは、右SBは競争が激化したが、相変わらず左SBは人材不足ということだった。

 右SBには今回、五輪代表に加わった酒井というフィジカルコンタクトに長けた選手がいる。イタリアのボローニャで活躍する冨安健洋(22)も、「どこでプレーしても決まり事があるが、CBは負荷がかかる。僕はサイドバックの方が向いていると思う。より自由度があるから」と右SBでのプレーを希望しているほどだ。


■人材不足の左SB


 さらに6月3日の日本対U-24日本の試合では、開始早々にアグレッシブな突破で旗手怜央(23)をかわしてクロスを送るなど先制点のきっかけを作った室屋成(27)、そしてタジキスタン戦では古橋亨梧(26)の先制点、南野拓実(26)の決勝点の起点となり、橋本のゴールをアシストした山根視来(27)と人材は豊富だ。

 その一方で、なかなか後継者がいないのが左SBだ。タジキスタン戦ではベテランの佐々木翔(31)が起用されたものの、前半から左MFの原口元気(30)とパスの呼吸が合わず、ボールがタッチラインを割るシーンが目立った。代表レベルの試合ではありえないプレーである。

 佐々木は、広島ではキャプテンを務め、3BKの左として堅実なプレーをしているものの、インターナショナルなレベルで戦うには荷が重い。にもかかわらず彼を招集しなければならないのは、森保一監督(52)が広島出身という身びいきではなく、それだけ左SBは枯渇しているからではないだろうか。

 このためタジキスタン戦では佐々木と交代で生粋のレフティー小川諒也(24)が起用された。現状では佐々木と小川、そしてU-24日本では旗手怜央と古賀太陽(22)が左SBの候補だが、マルセイユで出番を失っているとはいえ、長友佑都の牙城を崩すほどの守備力と豊富な運動量は見せていない。

 タジキスタン戦は左足内転筋に違和感を覚えた大迫勇也(31)がメンバー外になった。彼と長友の代役捜しが来年のカタールW杯以降の課題となることは間違いない。そのための準備はすでに始まっている。果たしてその期待に応える選手がセルビア戦とキルギス戦で現れるのか。それが6月の2試合の楽しみでもある。

六川亨(ろくかわ・とおる)
1957年、東京都生まれ。法政大学卒。「サッカーダイジェスト」の記者・編集長としてW杯、EURO、南米選手権などを取材。その後「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。

六川亨(ろくかわ・とおる)
1957年、東京都生まれ。法政大学卒。「サッカーダイジェスト」の記者・編集長としてW杯、EURO、南米選手権などを取材。その後「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。

デイリー新潮取材班編集

2021年6月11日 掲載

関連記事(外部サイト)

×