イチローとチチローの親子断絶 発火点は“弓子夫人との結婚”

イチローとチチローの親子断絶 発火点は“弓子夫人との結婚”

イチロー

■「貴乃花」家族和解でひもとく有名人「骨肉の争い」――イチロー


 3月21日、東京ドームに詰めかけた4万6451人のファンに拍手で送られ、28年間のプロ生活にピリオドを打ったイチロー(45)。試合終了後に行なわれた引退記者会見では、弓子夫人(53)について、

「一番頑張ってくれたと思います。僕はアメリカで3089本のヒットを打ったんですけど、試合前は妻が握ってくれたオニギリを食べるんです。その数が2800個くらいなんですよ。3千個行きたかったですね」

 と語り、陰で支えた伴侶を労った。加えて愛犬、一弓(いっきゅう)への感謝も口にした。しかし、と言うよりもやはり、チチローこと宣之(76)には触れないままの85分間だった。

 電動工具部品製造工場を営んでいたチチローは、息子をプロ野球選手にしたいと、イチローが小学4年生の時から、元日を除く年間364日、バッティングセンターに連れて行った。イチローが日本を代表する打者となった94年には息子の個人事務所を立ち上げ、社長に。あたかも一心同体であった。

 そんな関係が断絶する発火点は、イチローがTBSのアナウンサーだった福島弓子と結婚した99年のこと。複数のスポーツ紙記者の証言を総合すると、以下のようになる。

「チチローはとにかく出たがりなんです。イチローの成功は、自分無しではあり得なかったとばかりに、メディアに笑顔を振りまいていました。でも、決定的な亀裂が入ったのは結婚です。弓子さんが8歳も歳上で、現日ハム監督の栗山英樹と交際していたことに難色を示してダダをこねたり、“孫の顔を見たい”と常々口にしたり……」

 どちらが子供なのかよくわからない状況から、とりあえず距離を置き始めたイチローはメジャーで3シーズン目へと突入する03年1月、更なる試練の時を迎える。それはロジャー・クレメンスの剛球でもデレク・ジーターの堅守でもなく、名古屋国税局からの9千万円の申告漏れの指摘だった。当時取材した記者によると、

「とにかくチチローの管理が杜撰だったことは間違いありません。イチローにしてみれば、カネには困っていないのに、父親のせいでセコいイメージをつけられたという思いが募ったことでしょう」

 この03年には、別の“事件”も起こっている。広島カープ元監督の古葉竹識(たけし)が広島市長選に立候補。イチローは応援演説を依頼された。と同時に、チチローも応援要請を受けていたのだ。しかしイチローは、

「絶対に親父を街頭に立たせないで下さい。演説をすれば、必ず僕のことに触れる。親父には、もう自分について話してほしくないんです」

 と、厳しい口調で選対関係者に詰め寄っている。イチローのただならぬ怒りを耳にした古葉陣営の人間は、冷え切った親子関係に背筋が凍る思いがしたそうだ。


■野球に集中してきたから


 メジャーでイチロー番を務めた記者はこう話す。

「チチローの話は、絶対に触れてはいけない空気がありました。イチローは神経質にプライベートを隠していて、それを忖度するムードのなかで取材しなければならなかった」

 息子からそんな扱いを受けていたチチローだが、引退のその日はバックネット裏から息子の最後のプレーを見届けた。そして「イチローが父親とゴルフをしたがっていること、それを弓子夫人を通じて聞いたこと」などを、週刊文春に明かしている。

「そのエピソードも首を捻りたくなります。弓子さんからの連絡を、宣之さんは記者になぜ話してしまったのでしょうか。仮に雪解けムードだったとしても、また拗(こじ)れる要因になるかもしれないですよね。親子のことは親子で会話すればいいじゃないですか。イチローも意固地になるタイプですが、冷戦が続いていたのは、父親側にも大いに問題があるからだという気がしてなりません」(同)

 イチローの地元・愛知県西春日井郡豊山町で、すし店を営む店主はこう話す。

「僕はいっくん(イチロー)が小学5年生の時から中高、プロと応援してきて、後援会も立ち上げたほどです。最後に(ウチへ)来たのは2年前かな。野球にゴルフ、色んな話をしました。いっくんはゴルフはシングルで、距離を飛ばすそうです。別に(親子は)喧嘩しているわけではない。いっくんはずっと野球に集中してきたから、それで距離ができただけじゃないかな」

 脚本家・橋田壽賀子の言葉を借りれば、

「家族間の確執というのは、概ね時間が解決してくれるものです。家族というのは、たとえ一度は憎み合うことがあっても、長いこと離れていると恋しくなるものなんでしょうね」

 ということになる。イチロー親子についても、引退の2文字が奏功するのではと推測するのだが……。イチローがすし店を訪れた2年前も、目と鼻の先にあるチチロー邸をイチローが訪ねることはなかった。

(文中一部敬称略)

「週刊新潮」2019年4月25日号 掲載

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