伝統の全日本柔道で初の“両者反則失格”、前代未聞の珍事はなぜ起きたのか

【全日本柔道選手権大会】両者が「反則負け」となる初の事態に場内がどよめき

記事まとめ

  • 数々のドラマを築き71年の歴史がある全日本柔道選手権大会で初の事態が起きた
  • 熊代佑輔と佐藤和哉の3回戦で、技を出さない両者に主審が「反則負け」と宣言した
  • 大迫明伸審判長は「あそこまで攻め合わない、組まないでは」と苦渋の表情だった

伝統の全日本柔道で初の“両者反則失格”、前代未聞の珍事はなぜ起きたのか

伝統の全日本柔道で初の“両者反則失格”、前代未聞の珍事はなぜ起きたのか

熊代佑輔とともに双方、反則失格となり「情けないし悔しい」と話す佐藤和哉(撮影・粟野仁雄)

 戦前から戦後を跨ぐ伝説の柔道家・木村政彦(1917〜1993)と石川隆彦(1917〜2008)が死闘の末、双方引分け優勝した第2回大会(1949年)、山下泰裕(61)=ロス五輪金メダル/日本オリンピック委員会(JOC)会長[内定]・全日本柔道連盟の会長=が、斉藤仁(1961〜2015)=ロス五輪、・ソウル五輪で金メダル=との激戦で9連覇を達成した第37回大会(1985年)など、数々のドラマを築き71年の歴史がある全日本柔道選手権大会で初の事態が起きた。(文/粟野仁雄)

 体重無差別で「真の柔道日本一」を決める同選手権は、今年も昭和天皇生誕日の4月29日に日本武道館で、全国各地区の代表と推薦選手による42人が勝ち抜きトーナメントを戦った。優勝候補の王子谷剛志(26=旭化成)と原沢久喜(26=百五銀行)が準決勝で敗退。決勝はウルフ・アロン(23=了徳寺学園職)とベテラン加藤博剛(33=千葉県警)という、無差別では小柄同士の戦いとなりアロンが「支え釣込み足」で加藤を制して初優勝した。

 最重量選手らの不甲斐なさに不安を残したこの大会で、異例の出来事はベテランの熊代佑輔(30=ALSOK)と若手ホープの佐藤和哉(24=日本製鉄)の3回戦で起きた。

 この2人、ともに東京が拠点のため、よく合同練習をし、手の内を知り尽くすためか、互いに返し技を警戒して技が出ない。組手争いばかりでさっぱり組まず、組んでも技をかけない。そんな中、主審は試合開始から1分ほどで「両者指導」を2回取った。現在の国際ルールでは、消極性には指導が与えられ、3回の指導で失格し反則負けとなる。

 4分間の「本割」の試合時間を終えてGS(ゴールデンスコア=片方が有効以上のポイントを取った時点で勝負が決まる延長戦)に入るが様子は変わらない。業を煮やした主審は試合を止めて再開させたが、さっぱり技を出さない。延長1分43秒、再び試合を止めた主審は、腕をくるくる回して両者を交互に指さして「反則負け」と宣言した。ともに3回目の指導で敗退だ。「えーっ」と場内はどよめいた。

 この試合の勝者は次の準々決勝で、全日本6度の優勝者でバルセロナ五輪銀メダリストの小川直也(51)の子息・小川雄勢(22=パーク24)と当たるはずだった。筆者は慌てて広報担当に「小川は不戦勝になるのですか?」と確認した。ちなみに小川は、これで準々決勝を不戦勝したが、準決勝でアロンに投げられて負けた。


■「断腸の思い」


 全日本選手権での両者反則負けは前代未聞。大迫明伸審判長(58)は「2人とも全然攻めようとしないので主審は試合を止めて、このままだと(3度目の指導が)いくよと、ギリギリのチャンスを与えた。あれ以上は延ばせない。断腸の思い」と話し、「日本の独自の大会なので、できればどちらかが積極的になって片方の反則負けか、技によるポイントでの決着を期待したが。でも、この大会に出てくる選手なら、そんなルールは知らないというわけにはゆかない。2人とも負けにしてしまうのは辛いが、あそこまで攻め合わない、組まないでは」と苦渋の表情だった。

 全日本出場3度目の佐藤は優勝候補の一角とされたダークホース的存在だった。佐藤が右組、熊代が左組と喧嘩四つのため、互いに襟を取ったまま半身で引手(袖)を取り合う格好が続いたが、佐藤の方が攻めようとしていた印象で熊代は引手を取れてもほとんど技をかけなかった。

 少し前までこの大会は「講道館ルール」という日本独自のルールが適用されていたが、国際試合で勝てなくなるため国際柔道連盟(IJF)のルールを導入した。さらに4回で失格だった「指導」が3回で失格と厳しくなっていた。

 柔道では技をかける瞬間に「隙(すき)」ができやすく、返し技が怖い。大外刈りなどは技をかけられた側も同じような形となり返されかねない。このため以前は、危なくなるとすぐに逃げられる「場外際」でしか技をかけなかったり、組み手争いに終始するなどの「消極策」が横行し柔道の魅力を失わせた。

 このため全日本柔道連盟は、引き手を切りやすいように柔道着の袖を短くすることを禁じるなど様々な改革で、「一本」や「技有り」を増やしてファン層は拡大した。今大会も普段は100キロ級以下で活躍する選手が多彩な技で巨漢選手を投げ飛ばして会場が大いに沸いただけに「珍事」は残念ではあった。


■昨年も対戦


 実は佐藤と熊代は昨年の大会でも対戦している。この時は熊代が「掛け逃げ(指導を取られないため、見せかけだけの攻撃で袖を取られている引手を切ったりする)」で3つ目の指導を取られて負けた。熊代は「去年のことが頭にあったが、もっと捨て身で行ってもよかった。全日本は日本一を決める試合なのでみんな負けたくない思いは強い。でも見ているお客さんにはわからないし申し訳ない」と謝罪した。佐藤は「悔しいというか情けないです。もう少し深い所(奥襟など)を取りに行きたかった。GSになれば相手が出てくるので取れると思ってしまった」と悔いた。

「喧嘩両成敗」ではないが、勝ち抜き戦だからといって無理に細かな差をつけて何とか一方を勝ち上げようとはせずに、2人とも失格にした今回の審判。甲子園の高校野球に例えるなら、せっかく勝ち上がって対戦した2チームをともに敗退させるのに似て、勇気のいる判断だったはず。違和感を持つファンもいるだろうが、今回の審判は「なんであれがポイントなのか」とも思われがちだった「効果」を廃止して、小さなポイントを稼いで逃げまくって勝ちを拾うことを防止した、新ルールの精神にも立派に合致した判断なのだ。

 伝統大会で前代未聞の「衝撃的珍事」ではあったが、選手たちは今後より積極性が重視される国際大会で戦わねばならない。「お前たちはまだ新ルールの真意を理解してくれていないのか」と大ナタを振るった勇気ある審判団には拍手を送りたい。(敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

2019年5月3日 掲載

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