女子レスリング、伊調馨vs川井梨沙子 世界選手権は川井の方が成績を残せるとの声

「女の闘い」の表現が陳腐に思える迫力と緊迫の試合を堪能した。6月16日、東京・駒沢体育館で行われた明治杯全日本レスリング選抜選手権の最終日。10月の世界選手権(カザフスタン)での一枚の切符をかけて男女16階級の実力者が激突した。なんといっても五輪4連覇の伊調馨(35)=ALSOK=とリオ五輪金メダル、世界選手権2連覇の川井梨沙子(24)=ジャパンビバレッジ=の決勝だ。(文/粟野仁雄)

 ***

 この大会、エンジンのかかりの遅い伊調は1ピリオドで消極姿勢から1点リードされる。さらに2ピリオド開始40秒、川井が鋭いタックルで伊調の右足首を取ると胸まで抱え上げ2ポイント、さらに足首を死んでも離さずアンクルホールドで伊調を転がして連続ポントを奪い5―0と離した。伊調も黙っていない。1分8秒、川井の三度目のタックルをかわして背中側に回り込み、2ポイントをあげる。やや逃げ姿勢となった川井が二度警告を取られて伊調が2点加点し、川井の5対4。そして終了間際。伊調は川井に猛アタック、川井の体を抱え上げてそのまま場外へ押し出すと同時にブザーとなった。川井は「セーフ」とばかり両手を広げた。審判は伊調の最後のポイントを認めず川井の勝利としたが、伊調側セコンドがチャレンジ(ビデオ判定を要求する)。しかし「伊調のポイントは終了後」と判明してチャレンジは通らず逆に川井に1ポイント加点され、結局6-4で川井が勝利した。

 田南部力コーチにマット脇で励まされていた伊調は試合後「アドバンテイジがあった分、気落ちが負けていた。川井選手の圧力はすごかった。でも落ち込んでいる暇はないので」と淡々と語った。一方の川井梨沙子は崖っ淵だった。昨年12月の天皇杯全日本選手権の決勝では残り10秒にバックを取られて伊調に逆転負けを喫していた。伊調の言うアドバンテイジとはそのことだが、今回、川井が敗れれば世界選手権代表は伊調に決定していたのだ。そうすれば川井の東京五輪は絶望に近くなる。

終了した瞬間、62kg級で優勝していた妹の友香子(21)=至學館大学と抱き合った川井は「12月は攻めずに後悔した。今回は後悔したくなかった」と語った。川井は姉妹での東京五輪出場を目指すため、63キロ級から57キロ級へ落としたのだ。伊調も同じ落とし方をしているが、これで世界選手権への切符を争う決戦は7月6日の埼玉県和光市でのプレイオフへ持ち越された。

 伊調の決勝までの闘いも綱渡りだった。前日の至学館大学後輩の南條早映(19)=至学館大=の準決勝でもリードされたが、終了間際にポイントを上げて追いつき同点とした。この場合、最後に追いついた方の勝利となり、準決勝敗退をまぬかれた。ただ、筆者にはポイントになるような形には見えなかった。審判の国民栄誉賞への「忖度」ではなかろうが・・・。「非常に微妙ですが審判にはそう見えたんでしょうね」と福田富昭協会長は振り返った。別の協会幹部は「ちょっと南條選手が可愛そうな気もする」と吐露した。伊調について元全日本女子代表の元コーチは「スピードが落ちているのか、この大会、結構タックルに入られている。それでも入られた後で体を裁くのがさすがにうまい」と見る。

 伊調は久々の国際大会だった4月のアジア選手権で北朝鮮の選手に負けている。ある協会関係者は「世界選手権なら川井梨沙子選手が出た方が成績を上げられるのではないか。往時より伊調は落ちていると思う。日本の選手はレジェンドに委縮もしてしまうが外人選手には国民栄誉賞なんて関係ないし」と見る。


■栄氏も観戦


 これで伊調、川井を含め、男子合わせて6階級が7月のプレーオフ決戦に臨む。天皇杯全日本と今大会をともに制した選手は世界選手権代表だが、割れた場合はプレイオフなのだ。勝ち抜いて世界選手権で3位以内なら夢の東京五輪代表が確定する。しかし、4位か5位なら、再び12月の全日本選手権で優勝すれば五輪代表だが、負ければ優勝者と再びプレイオフなどで争われる。「東京五輪ロード」も終盤だがすんなり決まるかどうか。

 今回の大会、リオ五輪の金メダリストでは68キロ級の土生沙羅(24)=東新住建=は決勝で古市雅子(22)=自衛隊体育学校=にリードされていたが土壇場でひっくり返して世界選手権代表を決めた。しかし、五輪後に怪我に苦しむ50キロ級の登坂絵莉(25)=東新住建=は今大会で吉田沙保里がセコンドについてくれたが、決勝で新鋭の須崎優衣(19)=早大=に一方的に敗れた。登坂は天皇杯も敗れているため、五輪代表の可能性はゼロではないが相当厳しくなり、試合後は泣き続けていた。

 さて、会場では現在、至學館大学の外部コーチとして川井姉妹らを指導している栄和人氏(前日本代表強化本部長)は人目につかぬところで観戦していた。実は至學館大学の谷岡郁子学長は今大会で栄氏がセコンド役で参加することを申し出ていたそうだが、最終的にはパワハラ騒動からの批判を恐れた協会が「時期尚早」として実現しなかった。協会の福田富昭会長は「マットサイドに彼が現れるとマスコミさんが試合そっちのけで違う方向の取材ばかりになってしまうことも心配だった」と話した。盛り上がる女子レスリングに報道陣の数も凄かった。とはいえ、やはり名伯楽の復帰も見たい。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班

2019年6月20日 掲載

関連記事(外部サイト)