コパ・アメリカ、日本敗退のA級戦犯は「上田綺世」、メディアも現実を直視せよ

■海外メディアも“手加減”


 コパ・アメリカでの上田綺世(20)を誰もが庇っている。例えば、フットボールチャンネルは公式サイトに「上田綺世が味わった『無力感』。外し続けた決定機…南米との対峙で得た唯一無二の感覚【コパ・アメリカ】」(6月27日)の記事をアップした。

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 記事の内容は、冒頭の一文を読めば分かる。「自分をさらに大きくする、一番大きいチャンスがきた」という上田の述懐から始まっている。

 フットボールチャンネルは、上田がコパ・アメリカで手も足も出なかったことを認めながらも、素晴らしい経験を得たと総括する。これを糧に、今後は一回りも二回りも大きな選手として成長し、日本代表に選ばれてほしい――こんなことが書いてあるわけだが、噴飯物と言わざるを得ない。

 上田は戦犯中の戦犯ではなかったのか。例えば初戦のチリ戦、上田はスタメン出場した。そのプレーをご記憶の方も多いだろう。

 1点を先制された前半44分、柴崎岳(27)のスルーパスを巧トラップで抜け出したまではよかった。だがGKを外しながらのシュートは右サイドネットの外だった。

 0−2とされた後半12分には柴崎のアーリークロスにペナルティーエリア内左で完全なフリーだったにもかかわらず、ボレーシュートは左に外した。

 後半24分、安部裕葵(20)の左クロスに飛び込んだ場面ではボールに触れることができなかった。後半28分には久保建英(18)のパスにGKと1対1になりながらシュートは右手でストップされた。

 チリ戦は0−4の大差となったが、上田が4度の決定機のうちどれか1つでも決めていれば試合の流れが変わった可能性は高い。上田は日本代表の決定力不足????常に指摘されていることだが????を象徴している。

 2戦目のウルグアイ戦は2−2の同点となり、最終戦のエクアドル戦で上田は後半から途中出場を果たした。

 後半23分の久保のスルーパスに上手く抜け出しながらシュートはブロックされ、後半24分のGKと1対1でのチャンスもループシュートはクロスバーを越えた。さらに後半45分、前田大然(21)のシュートのこぼれ球にフリーとなって狙った一撃もゴール枠を捕らえられなかった。

 もし最終戦のエクアドル戦に勝利していればベスト8に進出し、地元ブラジルと対戦するはずだった。

 日本は勝ち点2をあげ3位だった。パラグアイと並んだことは評価に値する。とはいえベスト8への進出を得失点差で阻まれたことを、日本人はもっと悔しがるべきだろう。

 チリ戦の失点が響いたことは言うまでもない。日本代表の得失点差はマイナス4だったが、パラグアイはマイナス1。こうして日本はグループリーグの敗退が決まったのだ。

 ベスト8に進出できた可能性が存在したにもかかわらず、現実は敗退に終わった。だからこそ上田の責任は追及されるべきなのだが、その前に森保ジャパンに対する評価を振り返っておこう。試合後のインターネットや26日のスポーツ紙などの報道は、とても日本代表に対して好意的だった。

 勝機のあったエクアドル戦を引き分けてしまったにもかかわらず、日本のスポーツメディアは地元メディアやスペイン紙の電子版を引用しつつ、特に久保建英を絶賛することでお茶を濁してしまう。

 確かに日本人は、外国人からどう見られているかを気にする傾向が強い。褒められればうれしいし、批判的な意見にも素直に耳を傾ける。

 久保が絶賛されたのは18歳という若さが前提にあり、善戦したのはチームの主力が23歳以下というBチームだったからだろう。だからメディアは“暖かい目”で試合を振り返り、“同情的”な記事を書いた。彼らにすれば森保ジャパンは“高校生との練習試合”に等しいのだ。

 我々日本人に、そんな配慮は必要ない。今大会の成績は「不甲斐ないものだ」と堂々と書くことからサッカージャーナリズムは始まる。選手が若いからと好意的に報じるのは疑問だ。日本代表が「できたこと」と「できないこと」をしっかりと直視し、検証すべきではないだろうか。


■ユニバーシアードで問われる上田の真価


 上田に話を戻せば、彼に苦言を呈する国内メディアも皆無だった。上田は法政大学のエースストライカーとして、昨年は同校の42年ぶりの全日本大学選手権の優勝に貢献した。

 国内のサッカーメディアは、大学生のためアマチュアだと配慮したのかもしれない。「ボールの引き出し方が上手い」とか「決定的な場面に顔を出している」と動き出しを評価する意見のほうが多かった。

 しかし、大学生だろうがアマチュアだとしても、日本代表として公式の国際大会に出場している以上、求められ、評価されるのは結果である。

 もちろん上田がシュートコントロールに長けたFWであることは論を俟たない。その上田があれだけチャンスがありながら、シュートをゴール枠にさえ飛ばせないシーンは意外だったのも事実だ。

 それだけプレッシャーを感じたのだろう。結果論だが、いきなりコパ・アメリカで出場させるのではなく、格下相手だったキリンチャレンジ杯のトリニダード・トバゴ戦かエルサルバドル戦で“試運転”させておくべきだったかもしれない。

 一番悔しいのは上田自身であり、エクアドル戦後は「僕のサッカー選手のキャリアとして、コパ・アメリカで点を決められなかったこと、あれだけチャンスがあって、仕事ができなかった悔しさというのは、この先続いていくキャリアで絶対に忘れられないことになる。こんなに自分が外して無力感を感じることもたぶん日本にいたらないと思う」と3試合を振り返って総括した。

 果たして9月の日本代表戦に上田は再招集されるのか。その前に、来月5日からイタリア・ナポリで始まるユニバーシアードが控えている。上田は連覇を狙う日本のエースストライカーとして結果を残せるか。まずはこちらの大会に注目したい。

 上田の他に気になったことを2点ほど指摘したい。まず両サイドバックだ。3試合を通じて左は杉岡大暉(20)が出場し、右は原輝綺(20)が1試合、岩田智輝(22)が2試合に出場した。

 彼らは守備でこそ奮闘したが、攻撃参加はウルグアイ戦の2点目につながるクロスを杉岡が上げたくらいで、エクアドルの右SBベラスコの攻撃参加と比べても物足りなかった。

 現代サッカーではサイドバックの攻撃参加はもはや必須だ。エクアドル戦の後半はより攻撃的なサッカーをするために、森保一監督は4−2−3−1から3−4−3にシフトして、杉岡と三好康児(22)をウイングバックに置くという選択肢もあったはず。

 そして前線を右から久保、岡崎慎司(33)、中島翔哉(24)の3トップにするのも1つのアイデアだった。しかしながら森保一監督(50)は板倉滉(22)に代えて前田大然を投入し、2トップにしただけだった。

 ボランチも、いまひとつ機能したとは言いがたい。板倉と中山雄太(22)の2人は、守備に専念するかわりに攻撃は柴崎岳に任せたと思うほど、攻撃の場面に絡んでこなかった。

 意表をついたロングパスやゴール前への飛び出しなどは皆無と言っていい。このため日本の攻撃の起点は柴崎1人に限定されたので、対戦相手も守りやすかったのではないだろうか。

 A代表の遠藤航(26)と比較すると物足りなさは否めない。板倉と中山は海外でプレーしているだけに、さらなる成長を期待したいところだ。

週刊新潮WEB取材班

2019年6月30日 掲載

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