ヨハン・クライフの至言 「久保建英」はスペインリーグの巨漢選手とどう対峙すべきか

■スペイン紙も絶賛


 スペインの名門レアル・マドリードに移籍した久保建英(18)の評価が日増しに高まっている。当初は1年間、Bチームであるカスティージャ(スペイン3部リーグ)でプレーする予定だったが、クラブの北米遠征とドイツ遠征に帯同した。

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 バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)戦でデビューを果たすと、アトレチコ・マドリード(スペイン)戦、トッテナム(イングランド)戦、フェネルバフチェ(トルコ)戦と、いずれも交代出場ながらトップ下かサイドMFでプレー。ゴールこそまだ記録していないものの、決定的なシュートを放ちつつ、巧なボールコントロールからのパスでルカ・モドリッチ(33)らの決定機を演出するなど地元紙の評価もうなぎ登りだ。

 7月31日のフェネルバフチェ戦後、スペインの全国紙『AS』は「やっぱりクボは欠かせない選手」と評し、フェネルバフチェ戦で3人のDFを引き付けてモドリッチに決定的なパスを通したシーンを動画付きでピックアップ。「わずか17分間のプレーしか許されなかったクボだが、ゲーム終盤は圧巻の出来を披露した。これだけのプレーを残している選手に対して、マドリードはもっと出場時間を与えるべきだろう」と主張した。

 このためジネディーヌ・ジダン監督(47)も「我々には本当にたくさんの有能な若手がいる。クボはまだマドリードに来たばかりだが、将来的にはこのチームで重要な選手になっていくだろう。よく振り返って考え、どうすべきかを見極めるべきだし、彼とも話す必要がある。まずはカステージャでプレーさせて、ときには我々ともトレーニングを積んで、どのように彼がフィットしていくのかを見てみよう」と、コパ・デル・レイ(スペイン国王杯)での起用やトップチームでの出場に含みを持たせた。

 久保の才能は、いまさら疑う余地はない。さらに久保にとって大きかったのは、10歳のときにレアルのライバルであるバルセロナの入団テストに合格し、母親と弟と一緒に4年間をバルセロナで過ごしたことだ。方言であるカタルーニャ語を習得し、さらには標準語であるカスティーリャ語もマスター。2016年に帰国後は英語の習得にも務めたことで、チームメイトとの意思の疎通に不自由していない。

 そんな久保の、日本での公式戦デビューは16年11月5日のJ3リーグ最終戦、FC東京U−23対長野戦だった。15歳での出場はJリーグ史上最年少記録であり、駒沢陸上競技場にはJ3リーグとして異例の7653人が詰めかけた。スルーパスやドリブル突破からのクロスで好機を演出したものの、試合は1−2で敗れた。

 驚かされたのは試合後の対応だった。30人近い記者が十重二十重と囲むなか、久保は、冷静に次のように振り返った。

「緊張したけど体は動きました。何もできずに時間ばかり過ぎたけど、途中から試合に入って行けました。(デビューは)順調といえば順調ですけど、自分的には早かったかな。あまりゴールに絡めずミスも多かったので(出来は100点満点で)10点か15点くらい。後半の最後の方は相手が疲れ、自分はフレッシュだったので、たまたまいろんな流れでスルーパスやドリブルができました。今後は1人で局面を打開できる選手になりたいです」

 15歳の中学生が、スタメンの平均年齢29・27歳の大人と対戦して45分間プレーしたのもさることながら、自分自身のプレーの意図や対戦相手の状況を的確に判断し、かつそれを理路整然と語ることができる。プレーはもちろんのこと、サッカーIQの高さも中学時代から図抜けていた。

 翌17年はJ3リーグを主戦場にしつつ、J3リーグ第5節のC大阪U−23戦では15歳10か月11日でJリーグ最年少得点を決めた。さらに5月3日のルヴァン杯第4節・札幌(1−0)では後半21分から途中出場し、トップチームデビューを果たす。初の21世紀生まれのJリーガーでもある。

 この試合で対戦した札幌の小野伸二(39)は「非常に堂々としていた。見ていてゴールしてしまうのではないか、というオーラを感じた。僕とは全然比較にならない。ケガをしないことだけに気をつければ凄い選手になる」と輝ける将来を予見していた。

 17年11月1日、FC東京は久保とプロ契約を結んだ。シーズン中の契約は、すでにこの頃からヨーロッパのチームからオファーが来ているからだった。プロ契約したことで、それまで通っていた高校を中退し、通信教育に切り替え、午前中からトップチームで練習するようになる。当時FC東京(現:磐田)に所属していた大久保嘉人(37)は「いいもんを持っていると思う。全体が見えているのでボールを持ったら落ち着かせるし、パスも出せる。スピードにいかに慣れるか。面白い選手なので頑張ってほしい」とエールを送った。


■反則覚悟でしか抑えられぬスピード


 ただ、トップチームでのデビューとなった札幌戦後、久保自身は「J1とプレミア(リーグ。18歳以下のユース選手権)では体格とかスピードとかが違うし、息が続きません。プレミアなら連続してプレーできるのですが」と、戸惑いも感じていた。

 2018年はトップチームに昇格したものの、攻守における運動量の豊富さやプレー強度の高さで大森晃太郎(27)を上回ることができず、なかなかレギュラーに定着できなかった。当時の久保はドリブルで抜いたと思っても、体を寄せられ潰されていた。このため8月に横浜FMへの期限付き移籍を決断する。

 そして新天地では8月22日、天皇杯4回戦の仙台戦で移籍後初先発すると、初アシストを記録した。続く8月25日、第24節の神戸戦では56分にワントラップから左足の豪快なハーフボレーでJ1リーグ初得点をマークして勝利に貢献した。この得点は森本貴幸(31)に続くJ1リーグ歴代2位の最年少得点だった。

 横浜FMではリーグ戦5試合に出場し1ゴールと出場試合は限られたものだった。そして2019年はFC東京に復帰したが、2月の沖縄キャンプを取材した際に1年間での成長を目の当たりにした。

 久保がJ1リーグで結果を残しつつあった前半戦で、多くのメディアは「守備力が向上した」とか「フィジカル面が強くなり、当たり負けしなくなった」と報じていた。しかし、「守備力」が向上したとは言いがたい。元々、守備に関しては“勘”のいい選手である。しかしレアル・マドリードの試合を見ていて、トップチームでプレーするにはもう少し守備力を高める必要があると感じた。

 フィジカルに関してだが、久保は「当たり負け」しなくなったのではなく、相手に「当たらせない」スピードを身につけたことが昨シーズンとの大きな違いだ。相手を抜いてからの初速が早く、1〜2歩で置き去りにしている。FC東京の今シーズンの前半戦における首位躍進は久保の存在なくして語れないが、第10節のG大阪戦は元韓国代表DFの呉宰碩[オ・ジェソク](29)が徹底マークで潰し、0−0のドローに持ち込まれた。

 さらに第13節のC大阪も“久保封じ”でFC東京に今シーズン初黒星をつけることに成功した。久保と対峙した選手は「懐が深いボールの持ち方をするので、前を向かれたらボールを取れない」と背後から反則覚悟のプレーで久保を潰しにかかった。

 ヨーロッパや南米はもちろんJリーグでも、GKとCBは190センチ越えの選手がスタンダードになってきている。そうした巨漢選手相手に、どう対峙するか。その答がアジリティ(俊敏性)とスピードで勝負できる久保であり、変幻自在のドリブルでマーカーを翻弄する、現在はポルトガルのプリメイラ・リーガ、FCポルトに所属する中島翔哉(24)ではないだろうか。

 2人は利き足こそ違うものの、カットインからのシュートを得意とし、全体練習が終わっても黙々とシュート練習に励んでいる。

 かつてバルセロナの監督として黄金時代の礎を築いたヨハン・クライフ(1947〜2016)という、20世紀を代表する名選手がいた。彼の息子ジョルディ・クライフ(45)がバルセロナに所属していたときのことだ。記者が「ジョルディはフィジカルが弱いので、もっと筋トレをした方がいいのではないか」とヨハンに質問した。

 するとヨハンは、「ジョルディの武器はスピードだ。余計な筋肉をつけると遅くなるので筋トレは必要ない」と答えた。同じことは久保にも当てはまるだろう。スキルはすでに完成の域に入っている。あとはスピードに磨きをかけ、ゴールという結果を残せるかどうか。

 スポーツ紙各紙は、いまマドリッド在住の通信員を必死になって探している。バルセロナ在住の日本人は多いのだが、不思議とマドリッド在住の日本人は少ないからだ。久保と安部裕葵(20)を始め、乾貴士(31)、柴崎岳(27)に加え岡崎慎司(33)のスペイン行きも決まった。新シーズンはラ・リーガ(スペイン・リーグ)から目が離せなくなりそうだ。

六川亨(ろくかわ・とおる)
1957年、東京都生まれ。法政大学卒。「サッカーダイジェスト」の記者・編集長としてW杯、EURO、南米選手権などを取材。その後「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年8月7日 掲載

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