「鈴木大地」スポーツ庁長官に訊く 高校野球が抱える深刻な問題点

 今年に入ってにわかに高校野球への提言を積極的に行っている鈴木大地・スポーツ庁長官(52)に、その真意や背景を聞くため、「夏の甲子園」が閉幕してすぐの8月26日、スポーツ庁の長官室を訪ねた。(文/小林信也)

 ***

小林:野球の経験はおありなんですか?

鈴木:小学校のころ、放課後の遊びですけど。ピッチャーとかセンターとかやっていました。

小林:鈴木長官が最近、積極的に高校野球への提言をされているので驚いています。

鈴木:最近じゃないんです。世の中の関心が高まって報道も増えたのでそう見えるのでしょうが、実はもう2年前からアクションを起こしています。最初は高野連に足を運んでいろんな会話をしました。昨年は朝日新聞で、王貞治さん(79)とも対談しています。高校野球だけでなく、野球を改革する必要性を感じて、いろいろな人と会って来ました。プロ野球関係者とも会っています。

小林:それは、野球そして高校野球が変わるべきだというお考えがあってですか?

鈴木:部活の見直しも私たちの大切な仕事です。野球部は部活動の中心的な存在ですから、野球部が変わると部活全体も変わるだろうと考えました。

小林:いま日本で野球をやっている高校球児は、ほぼ100パーセント、高校の部活で野球をやります。中学生は熱心な野球少年ほど部活でなくリトルシニアやボーイズなどクラブチームに入るのが主流なのに、高校ではみんな学校の部活。甲子園を目指すには、高校でやる以外に道がないからです。甲子園を目指さない高校球児がいても良さそうですが、プロ野球界も、甲子園を目指す野球から外れた球児は評価しない印象がなんとなくあります。それが日本の野球界の空気です。

鈴木:高校生が自分の競技環境をもっと自由に選べるほうが健全ではないか、高校球児はクラブチームか部活かを選ぶこともできない、それが不思議でたまりません。水泳でいえば、1964年の東京五輪当時の感覚です。あのころは水泳も高校の部活しかなかった。東京五輪のあと、スイミングクラブができて競技力が向上してきた。高校球児は自分に合ったチームを選べる環境が十分ではありません。もっと自然な選択肢を作ってあげたいんです。

小林:プロ野球チームが、サッカーJリーグのユースのような組織を作ったらいいんじゃないかと提言されました。具体的に動き出しそうですか?

鈴木:興味を持ってくれるところはあると思います。ひとつの願いは選手の健康管理です。高校野球が終わったら、肩が痛くてもう野球ができない、燃え尽き症候群でやる気もしない、そんな状況はなくしたいんです。もしプロがユースのチームを作ったら、将来、自分たちの戦力になる素材を、成長過程の高校年代に、あんなに投げさせないでしょう。海外の見識からしたら、すごくおかしい話です。

小林:海外といえば、キューバに視察にいらしたのですか?

鈴木:6月に行って来ました。野球だけでなく、他のスポーツや健康増進を含めたスポーツ全体の視察ですが、野球の状況もかなり見てきました。

小林:いちばん印象に残ったのは何ですか。

鈴木:指導者がみんなライセンスを持っていて、医科学や心理学も学んでいるんですね。コーチたちが、選手をやる気にさせる勉強をしている。10代の半ばまでポジションは決めない。これは面白いな、と思いました。いくつものポジションを自由に経験させる。

小林:可能性を早い段階で狭めない。

鈴木:高野連の方々は「高校野球は教育の一環ですから」とおっしゃる。教育の一環だとすれば、特定の選手だけが活躍するのでなく、部員全員にチャンスのある環境を作ったほうがいいでしょう。

小林:公立高校も含めて、部員が100人前後いるチームがたくさんあります。多くの選手は、一度も試合用のユニフォームを着ないまま卒業します。

鈴木:高野連の話では、約15万人いる選手のうち、試合に出られるのは5万人くらいだと。

小林:甲子園に出ること、甲子園で勝つことに、高校野球の目的が集中してしまって、レギュラーになれない高校生たちに十分な配慮がされていない、これは大きな課題だと思います。

 鈴木大地長官が水泳男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲った1988年ソウル五輪の前後に取材させてもらったスポーツライターの印象から言えば、鈴木大地長官は幸せな環境で選手生活を送っていた。パワハラとか、高校球児が感じている苦しさを、知らないんじゃないかと思っていました。

鈴木:そうでもないですよ(苦笑)。

小林:野球界から見たら、コーチの考え方がすごく斬新で科学的、それでいて大地君の感性を大事にしていた、羨ましいと思いました。

鈴木:指導者の考え方は、進んでいたと思います。

小林:だから、パワハラ的な体質は経験していないのかと思っていました。

鈴木:そんなことはありません。水泳界も、私が子どものころは厳しかった。

小林:本当ですか?

鈴木:我々がコーチに教えてあげたと思っています。厳しくしてもタイムは伸びないぞと。厳しくされた後にタイムを出すと、また厳しくされるから、そういう時は絶対にいいタイムを出さないように泳ぎました(笑い)。

小林:それはビックリ。金メダルを獲る選手は、考え方というか、器が違ったのですね。

鈴木:コーチに関していえば、選手と共に常に勉強し、成長していくようなコーチこそがメダリストを育てるようなコーチになるんだろうと思います。

小林:そんな風に考えて実行できる選手は、高校野球には滅多にいません。いや、ごく一部はいるのかな。

鈴木:水泳界もかつては、クラブの移籍ができなかった。クラブを辞めたら水泳を辞めるしかない。いまは改善されて、移籍できるようになりました。選手がコーチや環境を自由に選べる時代になったんですね。選手が指導者を選べる。そうすると、指導者も変わるし、環境が良くなります。水泳はそれもあって強くなったと感じています。


■野球界の変わらない弊害


小林:高校野球はいまだに、転校したらイジメなどが認定されないかぎり、1年間大会に出場できません。希望に燃えて高校に入ってみたら、チームや学校が自分に合わない、監督の指導もしっくり来ない、それでも転校という選択はしにくい。引き抜き防止を目的にできた規定のようですが、これは考え直すべきではないでしょうか。だけど、大手のメディアも、ほとんど問題提起しません。たいていの競技はそのスポーツを統括する組織を持っているから、こうした問題を改善する仕組みがあります。野球界は組織が別々なので、こうした課題が黙殺され、変わらない弊害があります。

鈴木:そこは我々も問題意識を持っています。野球について調べて驚いたのは、団体が100くらいある。どこに何を言っていいかわからないくらい、たくさんある。誰と話したらいいのかわからない(笑い)。

小林:例えばサッカーは、プロもアマもすべて日本サッカー協会の傘の下にある。野球は、プロとアマは別だし、小中学校と高校野球も団体が別。中学野球だけ見ても、軟式と硬式の組織は違うし、硬式の中にもボーイズとリトルシニア、ポニー、ヤングなど複数あります。プロ野球にしても、12球団それぞれが独立した会社で、NPB全体で経営方針を決める組織になっていません。ここを改革する時期に来ていると思いますが、リーダーシップを執る人や組織がないため、まったく前進しません。

鈴木:そうですね。野球は全体を統括する組織がないんです。

小林:高校野球は、いまでも入場料収入を得ています。高校野球をプロ化するという意味ではなくて、資金を集める力のある部門が収入を得て、少年野球の普及とか環境づくりに、その収益を充てるのは大切だと思いませんか。

鈴木:高校野球でお金を集めると言うと抵抗があるだろうけど、そういう発想はあっていいと思います。

小林:例えば、JリーグはDAZN(ダ・ゾーン)と10年間で約2100億円の契約をした。高校野球も甲子園はもちろん地方大会全試合を含めてコンテンツの価値はある。これをどこかと契約すれば、全国に「キャッチボールや草野球のできる公園」を作る資金を確保できるしょう。いま高校野球は高野連、子どもは子ども、プロはプロと分かれているから、そういう横断的な施策やアイディアは生まれません。誰が野球の普及を受け持っているのかも曖昧です。野球界全体がひとつになるために、スポーツ庁が主導して組織改革を進める意向はありますか?

鈴木:そこまで権限はありませんが、我々が言わないと始まらないので、まずは一石を投じているところです。

小林:日刊スポーツのインタビューで、スポーツのシーズン制も提案しておられました。子どもたちがひとつのスポーツだけでなく、3つ4つの競技を経験する習慣を日本でも当たり前にするのはいいなあと思います。

鈴木:日本では、ひとつの部活をやり続けるのがいいという考えがほとんどです。もちろん、それも間違いではないけれど、もっといろいろなスポーツにチャレンジする環境があったほうがいいと思います。そうすればオーバーユースを防ぐこともできる。ひとりが3種目、4種目を楽しんでくれたら、スポーツ産業だって活性化する。いいことだらけです。

小林:日本では、野球を始めたらずっと野球、他の種目を試す機会もほとんどありませんでした。私も中学野球(リトルシニア)の監督をやってみて、野球に囲い込みたがる監督たちの気持ちがわかりました。野球以外のスポーツを経験すると、そちらが面白くなって、野球を辞めたいという子どもが実際出てくるからです(苦笑)。

鈴木:自分の才能がどこにあるかわからない。我々はいま「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト(通称:J-STARプロジェクト)」というアスリート発掘事業を始めています。「向いている競技にチャレンジしましょう」という提案です。夏のオリンピック競技だけで30以上あるわけです。やたら肩の強い人がいたら、やり投げをやってくださいよ、ハンドボールだってある。みなさんの可能性というのは非常に高いし広い。野球で補欠だったら、他の競技を試してみよう。高校生のとき選手になれなくても、次の世代でなれるかもしれない。高校生で完結じゃない。自分の可能性を低く見積もらないでください。そういうメッセージです。

小林:もう31年前ですか、まだソウル五輪で金メダルを獲る半年くらい前に鈴木大地選手のインタビューをさせてもらったとき、「なぜ水泳をするのか? なぜ金メダルを獲りたいのか?」と聞いたら、「それが僕の自己表現だから」と、まだ20歳くらいの大地選手がサラッと言った。その言葉に身体が震え、心が熱くなりました。ところがいまスポーツは、東京五輪が近づいているためか「勝つこと」ばかりに意識が集中して、「スポーツは芸術だ」という重要な魅力を忘れがち。それがすごく残念です。

鈴木:本来は「自己表現」という部分に眼を向けてほしいと思いますけど、どうしても、メダルに関心が集まって、第一目標になっている選手も多いでしょうね。

小林:金メダルを獲る選手は感性が豊かで、ただ勝負に執着していたら勝てないのではないかと思います。まあそれは選手より、報道する我々にも問題があるでしょうが。

鈴木:実際、楽しんだ者が勝ちだし。スポーツとはいえ、心の勝負、感性の勝負なんですよ。スポーツには、自分自身で考えて、クリエイティビティーを発揮する面白さがある。

小林:高校野球でいえば、選手の主体性より、やらされる感じが強いところに根本的な課題があるかもしれません。

鈴木:高校野球も「クリエイティビティー」を発揮してもらえる環境になったらいいですね。あとはやはり、ケガ、故障、これがやっぱり心が痛いわけです。我々は競技スポーツだけでなく、生涯にわたってスポーツを楽しんでもらえる社会が望ましいと思っている。「スポーツ・イン・ライフ(Sport in Life)」と言っていますけど、高校だけでスポーツが終わっちゃうような、そういう社会はそろそろ終わりにしたい。高校野球が終わったら「もう投げられません」「きつかったからもう野球はやりたくない」、そういうあり方は問題かなと思っています。肘が痛い、肩が痛い、だから自分の子どもとキャッチボールもできない。それはスポーツから遠ざかる要因にもなります。

小林:野球の各組織はそれぞれ努力されているのでしょうが、今日お話を伺って改めて、野球全体を統括する組織の必要性と、全体を見すえてビジョンを作り実行するリーダーシップがないと、野球界は変わらないという実感を強くしました。ありがとうございました。

小林信也(こばやし・のぶや)
スポーツライター。1956年、新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶応大学法学部卒。雑誌「ポパイ」や「ナンバー」編集部を経て独立。中学硬式野球チーム「東京武蔵野シニア」の監督も務めた。『高校野球が危ない!』(草思社)、『「野球」の真髄』 なぜこのゲームに魅せられるのか』(集英社新書)など著書多数。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年8月31日 掲載

関連記事(外部サイト)