織田信成激白! “関大の女帝”の「恫喝」と「嘘」と「無視」でうつ状態に追い詰められ…

織田信成激白! “関大の女帝”の「恫喝」と「嘘」と「無視」でうつ状態に追い詰められ…

「殿」に笑顔は戻るか

■僕は“関大の女帝”に排除された――「織田信成」初激白(2/2)


 今年9月、突如として関西大学アイススケート部監督からの退任が発表された織田信成。その背景にあったのは、「関大の女帝」こと濱田美栄コーチ(60)からの嫌がらせだった。織田本人が“電撃退任”の背景と心境を語った。

 ***

 2017年4月に、織田は濱田氏と関大の芝居敬司学長に乞われる形で監督に就任した。濱田氏との間に決定的な亀裂が入ったのは、今年1月のことである。関大関係者が言う。

「うちの体育会は“文武両道”を掲げています。それを強く意識する織田さんは、スケート部の学生の学業の成績不良を見過ごせなかった。そこで、練習時間を変えることを提案したのです」

 この改革案について織田に確認すると、

「学長補佐でもあるスケート部顧問に全て相談した上で、そういった提案をしたのは事実です。午前9時から午後1時までは大学生らが練習できる特別枠でしたが、大学の講義と重なってしまう。そのため、夕方以降を大学生らの特別枠にする案を考えました。同時に、小中高生が給食も食べず、学校を早退して練習に駆けつける状況も改善したかった。実際、1月末には顧問やコーチを集め、事前にレジュメまで用意してプレゼンしています。極力練習時間が減らないように工夫したつもりで、その場では濱田先生にも“まぁ、勉強も大切やもんね”と承諾してもらいました」

 だが、3月から実際に練習時間が変更されると、

「濱田先生がイラ立つようになって、“この練習時間は評判が悪い!”“これじゃ、子どもたちの練習ができない!”と僕を直接怒鳴るようになった。挨拶も無視され、これまで以上に陰口を叩かれました。以前にも増して嫌がらせが続き、3月下旬には40度の高熱を出して起き上がれなくなった。結局、10日近く入院することになって、予定していたアイスショーや他の仕事もキャンセルせざるを得ませんでした」


■“うつ”状態に


 それでも織田は改革を諦めなかった。現場に復帰すると、今度は「部則」の改定に乗り出す。というのも、「関大の体育会で学業不振によるペナルティがないのはスケート部だけ。そこにメスを入れようとしたのです」(先の関大関係者)。

 具体的には〈前学期に成績不良だった学生は1カ月間、特別枠での練習を禁止する〉ルールを組み込むことを計画したようだ。織田もその点は認めている。

「ただ、特別枠以外の時間帯は練習もできるし、試合への出場が制限されることもない。それなのに、この動きが濱田先生の耳に入ると嫌がらせはエスカレートした。関大関係者との会議でも僕の意見は濱田先生から頭ごなしに全否定されています。濱田先生のあまりの剣幕に、同席した関係者が“あそこまで言われては織田監督が心配だ”と顧問に声をかけたほどでした」

 度重なるハラスメントの末、ついに織田は“うつ”状態に陥ってしまう。

「6月に入ると耳鳴りがやまず、眩暈(めまい)や吐き気に襲われ、“リンクに行きたくない”と思うようになった。それからの3カ月間は一度もリンクに足を運べませんでした。その間にも濱田先生は“織田君が私を辞めさせようとしている”という全くのデマを関係者に流していたと聞きます」

 こうした状況を知ってもらうため、織田は7月1日に弁護士を伴って学長と話し合いの場を設けている。耐え難いハラスメントについて涙ながらに訴えたが、

「学長は“そういうことなら喧嘩両成敗。2人とも辞めてもらうことになると思う”と言う。これには本当に傷つきました。なぜ、大学の文武両道の方針に則って部を変えようとした僕が辞めなくてはならないのか。その後に濱田先生にもヒアリングをしたそうですが、2カ月待っても僕には何の報告もなかった。それで辞任を決断したのです」


■「話すことはないので…」


 関大の「ハラスメント防止に関する規程」では、

〈本人が意図するかしないかにかかわらず、他の者とりわけ下位ないし弱い立場にある者に対し、(中略)就業環境等を悪化させるあらゆる不適切な言動〉を「ハラスメント」と定めている。

 織田をリンクから排除するに至った言動はハラスメントではないのか。

 関大側に質したところ、

「ご質問に対する回答は差し控えさせていただきます」

 濱田氏に尋ねても、

「ちょっとごめんなさい。話すことはないので……」

 と言うだけだった。

 フィギュアスケートのシーズン幕開けを機に、織田が明かした銀盤の闇にも光を当てるべきであろう。

「週刊新潮」2019年10月31日号 掲載

関連記事(外部サイト)