東京五輪を逃したレスリング「登坂絵莉」 リオ五輪「金メダリスト」はパリを目指すのか

東京五輪を逃したレスリング「登坂絵莉」 リオ五輪「金メダリスト」はパリを目指すのか

須崎優衣(左)に敗れた登坂絵莉 撮影・粟野仁雄

 五輪2連覇の夢は消えたが、そこに素晴らしき敗者の姿があった。12月中旬に駒沢体育館(東京)で行われたレスリングの全日本選手権。リオデジャネイロ五輪48キロ級の金メダリスト、登坂絵莉(26・東新住建)は、女子50キロ級の準決勝で須崎優衣(20・早大)に0−6で完敗した。「終わったなと思いました」などと語った。

 半年前、6月の全日本選抜選手権。リオ五輪後、足の指付け根を手術するなどの苦難から復帰した登坂は須崎に圧倒され、たった1分半でテクニカルフォールにより敗れた。この時点で3位以内なら五輪内定だった世界選手権の出場権を逃し、ほぼ東京五輪は絶望的となる。最大の目標を失い至 学館大学での練習も、午後だけ参加していたという。

 9月にカザフスタンで開催された世界選手権は、須崎にプレーオフで勝った入江ゆき(27・ 自衛隊)が出場した。ところが彼女がカザフスタンで出場枠を取ることができず、わずかなチャンスが登坂に巡ったのだ。事実上、50キロ級は登坂、入江、須崎の三つ巴の五輪代表争いだったが、登坂は入江にも勝てていなかった。

 この日、マットサイドには同じリオ五輪の金メダリストで、世界選手権3連覇して東京五輪を決めていた川井梨紗子が付いた。川井は「至学館大学では登坂さんが1年先輩なんですけど先輩は富山県出身で私は隣の石川県出身。北陸同士で仲が良かったんです」と話す。

「先輩、頑張れ―」川井は懸命に声をかけたが、登坂は若い力に押されて点差は開く。須崎にマット外へ押し出されてしまう場面も目立つ。「ドドーン」、一度など押された勢いで広告看板を吹っ飛ばした登坂が、筆者が立っていたカメラマン席の下へ落ちてきた。一方、「そう、その調子よ」と相手の須崎にマットサイドで指示していたのは筆者にも懐かしい全日本選手権8度優勝の名選手、吉村祥子さんだった。

 逆転を狙った得意の片足タックルは不発に終わり準決勝で敗れた登坂だが、6月の選抜選手権の敗戦時のような、マット上で崩れ落ちしばらく歩けないような茫然自失の様子は今回の敗北の瞬間に見られなかった。「やれることはすべてやった」と淡々としているようにも見えた。6月の敗戦で「須崎選手に勝つのは難しい」と肌で感じていたのかもしれない。

 五輪が完全に消えた登坂は翌日、3位決定戦に臨む。伊藤海(17・ 網野高)に対し、次々とバックを取り、片足タックルなども決めて圧倒、五輪だけがレスリングの試合ではないことをきっちりと見せてくれた。「優勝を目指していたので、出たくないな、という気持ちもあったけど、(3位の)権利がある。減量も無理はなく、出られるものを出ないといけない。応援してくれた人に頑張る姿だけでも見せられたらいいと思った」と打ち明けた。ひたむきで義理堅い女性の姿に「登坂絵莉」と書かれた横断幕近辺では涙顔の応援団から大きな拍手が湧いた。


■ライバル応援


 登坂絵莉と言えば、リオ五輪決勝でアゼルバイジャン選手を残り2秒で大逆転したドラマはもちろんだが、五輪4連覇を目指した吉田沙保里が決勝で米国選手に敗れた時、普段はキュートな笑顔をスタンドでくしゃくしゃにして泣きじゃくっていた様子が印象的だった。寮の部屋も一緒だったという吉田を実の姉のように慕っていた。

 一方、栄和人監督が率いた至学館大学といえば、吉田沙保里、伊調馨と超人的なスーパースターを輩出してしまったため世間では「金メダルは当たり前、2回くらいは五輪で優勝するんだろう」のような期待が高まってしまった。しかし、普通に考えれば26歳と20歳では勢いが違う。リオ五輪68キロ優勝の土性沙羅(25・東新住建)も今選手権の準決勝で敗退し、2月のプレーオフにもつれこんでしまった。

 簡単に「五輪連続金」というが、それがいかに至難なことかは過去、21人ものオリンピック金メダリストを輩出した男子レスリングで実現したのが上武洋次郎(東京、メキシコ)しかいないことがよく示す。可能性の高かったモントリオール五輪優勝の高田裕司(現日本レスリング協会専務理事、山梨学院大教授)はモスクワ五輪のボイコットで夢を絶たれている。  

 登坂は今後について「東京五輪を見てどういう気持ちになるのか」などと話したが、30歳で迎えるパリ五輪を目指せ、というのは酷だろう。「この先は考えていなくて、少しゆっくりしたい気持ちもある。レスリングを通して、良くも悪くもいろんな経験をさせてもらった。たくさんの人に出会った」と感謝した。「ライバルたちが憎いという風に思ったこともある。でも、振り返ってみると、その人たちのおかげで本当にいろいろな経験ができた。すごく成長させてもらったと思う。これから五輪に向かう人たちを素直に応援したいと思ったし、3位決定戦の高校生の子も頑張ってほしい」と話した。

 出場を逸した9月のカザフスタンの世界選手権を登坂は東京でテレビ観戦していたそうだ。入江ゆきが不成績なら、自分にもわずかな東京五輪のチャンスが回る。しかし後日、日刊紙「スポーツ報知」の高木恵記者の取材に対し登坂は、外国選手に苦戦するベテランのライバルの姿に「ゆきさん、負けろ」ではなく、気が付けば「ゆきさん、負けるな」とテレビを見守る自分がいたとことを打ち明けている。いい格好してそんなことを言う女性ではない。まさに、生きるか死ぬかの壮絶な「女の闘い」を演じてきたアスリート同志にしかわからないライバルの応援なのだろう。40年ほど前、国立大の柔道部員だった筆者は目指した団体戦に選ばれず、京大道場での大会初日、「あいつが負けたら2日目は自分と交代させてもらえるか」と同僚の負けを期待して試合を見守った。情けない経験からも「ライバルは憎い」はずだった登坂絵莉の「ゆきさん、負けるな」に深く心を打たれた。

 さてオリンピックでは伊調千春の2大会銀(アテネ、北京)、小原日登美の金(ロンドン)、登坂絵莉の金(リオデジャネイロ)と日本が誇る伝統の女子最軽量級。決勝戦で入江ゆきを僅差で倒した須崎は「三つ巴戦」を制し、来年3月のアジア予選(中国)で2位以内なら東京五輪の出場資格を得るが、成績不振なら入江ゆきにもわずかにチャンスが残る。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班

2020年1月9日 掲載

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