サウジに敗北、森保U−23監督を交代させ、新監督に就任させるべき人の名前

サウジに敗北、森保U−23監督を交代させ、新監督に就任させるべき人の名前

後半11分、食野亮太郎(背番号10)のゴールで同点に追いついた日本(撮影・六川則夫)

■「A代表の監督は続投」の意見も


 もしかしたら、今後の結果次第では「森保監督に限界説」、「今夏の東京五輪で、サッカー日本代表の金メダルに暗雲」といった報道がなされるかもしれない。

 ***

 タイのバンコクで開催されているU−23アジア選手権――上位3チームには東京五輪の出場権が与えられる大会でもあるが、1月9日の初戦で日本は、サウジアラビアに1−2で敗れて黒星スタートとなった。

 とはいえ、日本は開催国としてすでに出場権は獲得している。

 このため今大会は、選手層の拡充と、選手にとっては代表切符をつかむためのサバイバル戦といった意味合いが強い。

 というのも、普通の国際大会は23人をエントリーできるが、五輪は規定で18人と少なく、さらに23歳以上のオーバーエイジ枠3人を起用できる。その結果、U−23の選手は15人という非常に狭き門になる可能性もあるからだ。

 さてサウジ戦である。この試合のテーマとして次の4つを想定していた。1月とはいえタイは30度を超える暑さに加え、湿度も高い。このため前日に行われたイラク対オーストラリア戦(1−1)、そして日本対サウジ戦の前に行われたカタール対シリア戦(2−2)は、FKから3点、カウンターから1点が生まれた。

 高温多湿の中での試合のため、極寒の韓国で開催されたE−1選手権のように、前線からプレスに行くことはできない。そこでいかに効率良く攻撃を仕掛けられるか――セットプレーとカウンターが攻撃のカギになるだろう。事実、取材した2試合はゴールにこそ結びつかなかったが、イラクとシリアはカウンターでオーストラリアとカタールを苦しめた。

 次いで、森保一監督(51)が掲げる「対応力」である。消耗の激しい90分間で、選手はもちろん森保監督も対応力が試されることになるのではないか。

 そして最後が、ベンチワーク。日本戦以外の2試合とも、4人の監督は後半の早い時間帯に交代カードを切り、3枚を使い果たした。

 これまで森保監督は、公式戦で負けている試合以外は、あまり3枚目のカードを切っていない。GKの負傷など絶えず不測の事態を想定しているのか、1枚を余らせることが多かった。

 しかし、消耗の激しい環境では、交代カードを有効に使うことで選手の疲労を軽減できるのではないか。そうした点に注目した。

 そして試合はというと、前半はもちろん後半も、日本はカウンターらしいカウンターを仕掛けられなかった。


■相変わらずの決定力不足


 その点を森保監督は「カウンターは何回か仕掛けられる局面がありましたが、上手くいきませんでした。やらないわけではなく、選手はトライしましたが、サウジの守備に隙がなく、攻守の切り替えも速かったので、そこを上回れるようにしたい」と課題を口にした。

 確かにその通りである。と同時に、日本はタテパスを入れても1トップの小川航基(22)[ジュビロ磐田]がボールを収めることができないため、逆カウンターを食らわないようタテパスは次第に減っていった。

 代わりにサイドストライカーの旗手怜央(22)[川崎フロンターレ]と食野亮太郎(21)[ハート・オブ・ミドロシアンFC]が中に入ることでサイドにスペースを作り、杉岡大暉(21)[鹿島アントラーズ]と橋岡大樹(20)[浦和レッズ]の攻撃参加を引き出したが、彼らのクロスがシュートに直結することはなかった。

 その結果、前半にGK大迫敬介(20)[サンフレッチェ広島]のファインセーブがなければ、0−2になってもおかしくない試合だった。

 日本は時折、1タッチを織り交ぜた流れるような攻撃で地元ファンを沸かせたものの、決定機はゼロ。ようやく後半になって食野の個人技からチャンスをつかんだが、彼のドリブル突破以外にゴールの予感は漂わなかった。

 3BKの両サイドがワイドに開いてスペースを作りつつ、GKと下りてきたダブルボランチによる自陣ゴール前でのパスワークは、サウジのプレスを怖がることなく、いとも簡単にかわしていて、森保監督時代のサンフレッチェ広島を彷彿させた。

 しかし、「後ろでボールを回している限り奪われない」という安心感があったからなのか、なかなかボールを前に運べない。プレスを受けると安全第一でDFラインにボールを戻しているため、効果的な攻撃を仕掛けることはできなかった。

 0−0というゲームプランなら、それでもいい。しかし日本は、後半3分にA代表のエースでもあるアイマン・アルクライフ(22)[アル・アハリ・サウジSC]に先制点を奪われた。

 これでようやく目が覚めたのか、後半7分に右CKからの流れで橋岡大樹がこの試合で初めて決定的なシュートを放つ。そして後半11分、食野亮太郎のカットインからのシュートが相手選手に当たってコースが変わり、日本は1−1のタイスコアに戻した。

 見物だったのはここからの両チームのベンチワークだ。まず後半21分、サウジのサード・アル・シェフリ監督(40)は先制点を決めたアルクライフをベンチに下げる。これは負傷のため仕方ないが、アル・シェリフ監督の決断は早かった。

 すると森保監督も後半27分に、孤立無援だった小川に代えて上田綺世(21)[鹿島アントラーズ]を投入する。その意図は明確で決勝ゴールを狙えということだ。

 一方のアル・シェフリ監督は、その1分後にA代表のエースでもあるアブドゥラー・アル・ハムダン(20)[アル・シャバブ]を代えると、後半33分には早くも3枚目のカードを切った。この日の日本なら勝点3を奪えると決断したのかもしれない。

 そして後半40分、古賀太陽(21)[柏レイソル]のバックパスを拾ったフェラス・アルブリカンが岡崎慎(21)[清水エスパルス]を置き去りにして突進。ペナルティエリアに入ったところでアルブリカンがスピードダウンしたところ、追走した岡崎が倒してしまう。2分間のVAR判定の結果、サウジにはPKが、岡崎にはイエローカードが与えられ、日本は1−2で初戦を落とした。


■五輪イヤーでも選考中の“非常識”


 交代カードについても森保監督は「最後で1人の交代を考えていた。まだ十分に攻撃ができているし、それほど疲労していないと思いながら交代を考えていました」と正直に話していた。

 選手交代に関して批判する気は毛頭ない。これは選手起用も同じで、監督の専権事項でもある。何をどう考えて決断したのか、ゲームプランは他人にはわからないし、まだ1試合が終わったばかりだからだ。

 それでも言わせてもらうと、五輪イヤーになっても選手選考を繰り返しているチーム作りは気がかりで仕方がない。競争は最後の最後まであっていい。そして今大会は12月のE−1選手権に出場したA代表とU−22ジャマイカ戦のメンバーから選ばれた22人に、久しぶりに3試合限定で海外組の食野亮太郎が加わった。とはいえ、今大会のチームが五輪のベースになるとも限らない。

 大迫勇也(29)[ヴェルダー・ブレーメン]らOA枠は別にして、海外でプレーするU−23代表候補は、

【1】冨安健洋(21)[ボローニャFC]
【2】堂安律(21)[PSVアイントホーフェン]
【3】久保建英(18)[RCDマヨルカ]
【4】安部裕葵(20)[FCバルセロナB]
【5】板倉滉(22)[FCフローニンゲン]
【6】中山雄太(22)[PECズヴォレ]
【7】三好康児(22)[ロイヤル・アントワープFC]
【8】前田大然(22)[CSマリティモ]

 とざっと挙げただけでも8人もいる。彼らのうちの誰が招集可能で、誰が必要不可欠なのか。チームの幹が決まらなければ枝葉も決まりようがなく、代表のボーダーライン上にいる選手にとってもランドマークは決めにくいだろう。

 森保監督がロシアW杯後に五輪チームの指揮を執ったのは、18年9月1日のアジア大会決勝が最後だった。

 その後は兼任とは名ばかりで、A代表に専念し、再び五輪チームの指揮を執ったのは19年11月17日のU−22コロンビア戦。実に1年以上のブランクがあり、その間の14試合は横内昭展監督代行兼コーチ(52)が指揮を執ってきた。

 情報は共有してきたと言うが、チーム作りがなかなか進まない原因は代表監督の兼任にあるのではないだろうか。このため、今大会の成績で森保監督の力量を判断するのは早計である。

 かつてフィリップ・トルシエ氏(64)が3世代の監督を兼任した時代とは、海外組の数も含め、国際Aマッチルールなど、選手を取り巻く環境も激変している。

 いまからでも遅くはないので、これまでも書いてきたように、技術委員会には横内U−23代表監督の誕生(森保監督は総監督でもいい)の再考を期待したい。

六川亨(ろくかわ・とおる)
1957年、東京都生まれ。法政大学卒。「サッカーダイジェスト」の記者・編集長としてW杯、EURO、南米選手権などを取材。その後「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年1月11日 掲載

関連記事(外部サイト)