ジョーダン、マジック、レイトナー…カレッジ史上最強プレーヤートップ15を発表!【Part.1】 〈DUNKSHOOT〉

ジョーダン、マジック、レイトナー…カレッジ史上最強プレーヤートップ15を発表!【Part.1】 〈DUNKSHOOT〉

ジョーダン(右)は3年時の1984年に主要個人賞を独占。レイトナー(左上)は、1991、92年に連覇を達成。ヘイズ(左下)は、68年にルー・アルシンダーにカレッジで初めての黒星をつけた。(C)Getty Images

NBA入り後の成績は一切考慮せずに、カレッジ時代のパフォーマンスだけで選手を順位付けするとしたら、いったいどのような結果になるのだろうか。現地アメリカの各種メディアが発表するランキングを参考に決定した、カレッジバスケットボール史上最も偉大なプレーヤー15人を発表する!

■現地の各種メディアを参考にカレッジ最強の15人を選出!

 現地アメリカのメディア各社が発表したランキングを徹底リサーチし、入念にまとめ上げ、それに個人的な考えを若干盛り込み、様々なランキングの決定版を作成するというこの企画。今回は、“最も偉大なカレッジプレーヤー・ランキング?に着手した。

 利用させていただいたのは、計10種類のランキング。これまで扱ったテーマに比べると、各メディアの結果はそれなりに似通っていたように思う。最長でも4年、その間に残した実績や活躍度、インパクトのみが判断材料になるわけであり、すべてが凝縮されているぶん、白黒はっきり付けやすいのだろう。
 15位/マイケル・ジョーダン
(ノースカロライナ大/1981〜84/SG)
 カレッジバスケットボールの歴史において“ザ・ショット”と言えば、1982年のNCAAトーナメント決勝でジョーダンが決めたジャンプショットのことを指す。

 過去81回行なわれた決勝で、最も劇的なシュートのひとつとされているが、もしあれを決めたのがジョーダン以外の選手だったら、ここまで語り継がれることはなかったはずだ。壮大なジョーダン物語の幕開けを飾る一撃だったからこそ、伝説となっているような気がする。

 個人記録だけ見れば、ジョーダンが大学時代に残した記録はさしたるものではない。平均17.7点は、今回のランキング15人中、下から3番目。だが、それには理由がある。ノースカロライナ大のHCが、ボールのシェアを第一義とし個人プレーを極端に嫌うディーン・スミスだったからだ。つまり、ジョーダンは点を取りたくても取れなかったのだ。

 3年時ですら、チームのスコアリングリ―ダーでありながら平均19.6点。『ESPN』のインタビューで、元NBA選手のダーネル・バレンタインは「もしスミスHCがグリーンライトを出していたら、ジョーダンは平均40点取っていただろう」と語り、同時代にカレッジでプレーし、後にNBAでも活躍したジョニー・ドーキンスは、「“ジョーダンを20点以内に抑えることができるのはディーン・スミスだけ”」というジョークが当時流布していたよ」と述べている。

 HCがスミスでなかったら、もしくは別の強豪大学でプレーし、NBA時代と同様に驚異的な個人記録を残していたら、ジョーダンはこのランキングでもトップ数人の中に入っていたかもしれない。
 14位/マジック・ジョンソン
(ミシガン州大/1977〜79/PG)
 ランク入りした15人中、大学で2年間しかプレーしていないのはマジックとウィルト・チェンバレンだけ。だがその密度は濃かった。NBA同様、カレッジバスケットボールにもマジックは一大変革をもたらしたのである。

 マジックには同期にラリー・バードという好敵手がいた。もし今回のランキングとは別枠で“カレッジバスケットボール功労賞”なるものを制定するなら、この2人が間違いなく受賞者になるであろう。

 1970年代まで、カレッジバスケットボールはあくまでも地域重視のスポーツイベントだった。そこに、マジックとバードという超新星が登場する。2人のライバル物語に全米が熱狂し、まるでシナリオがあったかのごとく双方ともNCAAトーナメントを勝ち進み、期待通り決勝で激突。その時記録した視聴率はいまだに破られていない。この後NCAAトーナメントは毎年全米を熱狂させる一大イベントとなり、テレビの放映権料は何倍にも膨れ上がった。

 肝心のプレーでも、マジックは新たな風をもたらした。身長206pの大型PGが、華麗に、そしてかつてないほどエキサイティングにゲームを支配する。人々はマジックの変幻自在なパスに酔いしれ、その無邪気な笑顔に魅了された。そんな選手はそれまで1人もいなかったし、その後も1人として出現していない。
 13位/ジェリー・ルーカス
(オハイオ州大/1958〜62/PF)
 今回のランキング上位15人のうち、日本のファンに最も馴染みが薄いのは、たぶんこの選手ではないだろうか。だが各ランキングの紹介記事を読む限り、なかなか興味深い選手だったことがわかる。最もスマートな選手の1人であり、スポーツの奨学金を断わり、あえて学業の奨学金制度を利用してオハイオ州大に入学した変わり種でもある。

 ルーカスは1960年代のカレッジバスケットボール界において、紛うことなきスターだった。オハイオ州大を3年連続でファイナル4に導き、うち1回は優勝(1960年)。60、61年にはNCAAトーナメントの最優秀選手に選ばれている。そしてなんと言ってもかなりのイケメン。これは婦女子が黙っていなかっただろう。
 12位/エルビン・ヘイズ
(ヒューストン大/1964〜68/C)
 1960年代を代表するモンスターの1人。ヒューストン大でNCAAトーナメントに13試合出場し、通算のFG試投数310、FG成功数152、リバウンド数222のトーナメント記録はいまだに破られていない。総得点358はクリスチャン・レイトナーの407に次いで2位だが、レイトナーは23試合を費やして計上した数字なので、これはもう比較にならない。

 ヘイズはカレッジの3年間ですべての年にNCAAトーナメント出場を果たし(当時は規定により1年時は試合に出られなかった)、1967、68年と2年連続でファイナル4まで駒を進めるも敗れ去っている。負けた相手は両年ともUCLAで、そこには1960年代を代表するもう1人の超弩級モンスター、ルー・アルシンダー(後にカリーム・アブドゥル・ジャバーに改名)がいた。

 同時期に突出した選手が複数人出現するのはよくあることであり、見る側からすれば非常に興味深いが、当事者にとってはたまったものじゃなかっただろう。
 11位/クリスチャン・レイトナー
(デューク大/1988〜92/PF)
 カレッジバスケットボール史上、最も嫌われている選手はダントツでレイトナーである。その一方で、レイトナーが歴代の全バスケットボール選手のなかで、最もNCAAトーナメントに愛された人物であることも真理だ。それについては、誰も否定することができない。

 4年連続ファイナル4進出(うち1991、92年に連覇達成)、通算最多得点407、通算最多出場試合23。その他いくつものNCAAトーナメント記録は、永遠にレイトナーのものと思われる。

 そしてなんと言っても、NCAAトーナメント史上最もドラマチックなブザービーターを決めた男でもある。1992年準々決勝のケンタッキー大戦、1点ビハインドで残り試合時間2.1秒。敵陣エンドラインからグラント・ヒルが放り投げたロングパスを、レイトナーはフリースローライン上でキャッチし、振り向きざまにジャンプショットを決めてみせた。

 マイケル・ジョーダンが決めた決勝弾とともに、“ザ・ショット”とも呼ばれている劇的なプレー。あのミラクルショットを決めることができただけで、残りの人生は嫌われようが何をされようが構わない、そう思えるほど見事な、あまりにドラマチックなプレーだった。

文●大井成義

※『ダンクシュート』2019年3月号掲載原稿に加筆・修正。

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