【NBA名脇役列伝・前編】無類の勝負強さを誇った“ビッグショット・ロブ”。オリー伝説の幕開けは1994年プレーオフ<DUNKSHOOT>

【NBA名脇役列伝・前編】無類の勝負強さを誇った“ビッグショット・ロブ”。オリー伝説の幕開けは1994年プレーオフ<DUNKSHOOT>

決してスターと呼べる存在ではなかったオリーだが、無類の勝負強さを誇ったからこそ、7度の優勝を味わうことができたのだ。(C)Getty Images

選手の優秀さを論じる際に、優勝回数が根拠に挙げられることがしばしばある。いわゆる“GOAT論争”でも、マイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)がレブロン・ジェームズ(ロサンゼルス・レイカーズ)より優れている点として、ファイナルでの戦績を根拠とする意見は少なくない。

 しかしバスケットボールはチームスポーツなのだから、個人の技量だけで勝利を手にするには限界がある。どんなに優秀な選手でも、チームメイトやコーチに恵まれなければタイトルから見放されてしまうのだ。それこそ1980年代のジョーダンがいい例で、そのジョーダンと同世代を生きたがために、ジョン・ストックトンやカール・マローン(ともに元ユタ・ジャズ)、チャールズ・バークレーは優勝を経験することなく引退した。それでも彼らがゲイリー・ペイトン(元シアトル・スーパーソニックス/現オクラホマシティ・サンダーほか)やホーレス・グラント(元ブルズほか)、クリス・ボッシュ(元トロント・ラプターズほか)らより劣っているとは到底言えない。
  ロバート・オリーは、ヒューストン・ロケッツ、レイカーズ、サンアントニオ・スパーズの3チームで計7回の優勝を味わっている。これはジョーダンやレブロンを上回る数だが、オリーが彼ら以上の選手であるはずもないだろう。とはいえ、オリーはただのラッキーボーイではない。“ビッグショット・ロブ”の異名を取った、あの並外れた勝負強さがなければ、コビー・ブライアント(元レイカーズ)やティム・ダンカン(元スパーズ)のチャンピオンリングも、ひとつかふたつ減っていたに違いないのだ。

■シャックが率いるマジックをスウィープし、一躍全国区に

 軍人の父と教師の母との間に生まれたオリーだが、生後間もなく両親は離婚。母の実家があるアラバマで少年時代を過ごした。しかし、離婚後も時間を見つけては息子に会いに来ていた父は「敵につけ込まれないよう、勝負事では感情を表に出してはならない」との教えを授け、これをオリーはプロになってからも守り続けた。
  高校では州の最優秀選手に選ばれ、アラバマ大に進学。当時のチームメイトにはラトレル・スプリーウェル(元ニューヨーク・ニックスほか)がいた。在学4年間の成績は平均12.0点、7.0リバウンド。目を引くような数字ではないが、同大の記録となる286本のブロックを決めるなど、総合的な能力の高さが評価されていた。

 1992年のドラフトでは1巡目11位でロケッツから指名されるが、サザンカリフォルニア大のダンク王、ハロルド・マイナー(元マイアミ・ヒートほか)の指名を期待していたファンからはブーイングも浴びた。しかしながら1年目から全試合に先発出場し、平均10.1点をあげオールルーキー3rdチームに選出。ルディ・トムジャノビッチ・ヘッドコーチ(HC)には特別に目をかけられ、夫人のソフィーはオリーの親しい友人の1人となる。のちにフィル・ジャクソン(元レイカーズHC)やグレッグ・ポポビッチ(スパーズHC)といった名将の下でプレーしてもなお、オリーは「トムこそ自分にとって最高のコーチ」と言ってはばからなかった。
  その後、1994年のジャズとのカンファレンス決勝第5戦で22得点、9リバウンドをマークし、ファイナル進出の立役者となる。これがオリーのプレーオフ伝説の序章だった。同年オフにはショーン・エリオットとの交換でデトロイト・ピストンズへのトレードが決まりかけるも、エリオットが健康診断で引っかかってご破算に。ロケッツが自分を手放そうとしたことにオリーは失望したが、彼にとってもチームにとっても、この結果は吉と出る。

 迎えた1995年のプレーオフで、オリーの名は一躍全国区となる。スパーズとのカンファレンス決勝第1戦では残り6.5秒で逆転シュートを決め、最終第6戦では6本の3ポイントをヒット。さらにシャキール・オニール率いるオーランド・マジックと対戦したファイナルでも、第2戦で7スティールのファイナル新記録を樹立し、続く第3戦では20得点、試合終盤には勝利を決める3ポイントも沈めてみせた。4試合で平均17.3点、10.0リバウンドを叩き出したオリーの大活躍もあって、チームはマジックをスウィープで下した。

「あれは(前年の)初優勝より嬉しかった。俺たちはディフェンディング・チャンピオンだったのにほとんど全国中継もされず、マジックの方がずっと注目を集めていたからね」(後編に続く)

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2015年8月号掲載原稿に加筆・修正。

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