【男子卓球総括】張本に続く「勝てる選手」は出てくるか?「氷河期」回避のために共有すべき危機感

【男子卓球総括】張本に続く「勝てる選手」は出てくるか?「氷河期」回避のために共有すべき危機感

団体戦での銅メダルを置き土産に引退を表明した水谷(右から2番目)。彼のリーダーシップはチームに欠かせないものだった。(C)Getty Images

東京五輪で男子卓球は、混合ダブルスで水谷隼が伊藤美誠とともに金メダルを獲得し、男子団体戦では韓国を下して銅メダルに輝いた。

 出足は素晴らしかった。

 男子日本代表の軸である水谷が混合ダブルスで中国を破って金メダルを獲ることで、つづくシングルスに勢いをつけた。五輪初登場となる張本智和も「ミックスの優勝はすごかった。次は自分たちが水谷さんにつづくんだという気持ちになった」と語ったように、男子チーム全体が盛り上がった。

 だが、メダル獲得をと意気込んで登場した張本が4回戦で世界ランキング25位のヨルジッチ(スロベニア)に3-4で敗れると、負の連鎖か丹羽孝希も今大会、好調のオフチャロフ(ドイツ)に1-4で敗れ、男子は早々にシングルスから姿を消した。

 男子卓球にとっては、まさかの展開になった。
  丹羽は、ロンドン五輪銅メダルで世界ランキング7位のオフチャロフに高速卓球が通用せず、勝負どころでミスが出て、相手の粘り強さに屈した。

 世界ランキング4位の張本は、世界ランキング2位の馬龍と1位の樊振東ら中国勢に対峙できるのは彼しかいないと言われ、女子の伊藤と同様に活躍を期待されていた。だが、彼らと対戦する前に舞台から消えたことで関係者やファンら多くが声を失った。

 張本自身は「緊張した。夢の舞台で楽しさはあったが、普段の思い切ったプレーができなかった」と語っており、五輪の重圧に押しつぶされた感があった。経験という場にするには五輪はあまりにも大きい舞台だが、まだ18歳。W杯や世界選手権とは違う空気の中、メダルというプレッシャーを背中で感じて戦えたことは彼の今後に向けて大きく、このまま成長して中国人選手に互角以上に戦えるようになれば、この大会の敗戦も活きることになる。

 シングルスは結果が出なかったが、団体戦では初戦のオーストラリア戦に3-0、準々決勝のスウェーデンには3-1で勝ち、準決勝に進んだ。準決勝の相手は世界ランキング2位の強豪のドイツ。日本はダブルスを失うも張本が2つ取り、2-2になったが最後は丹羽が力尽きた。金メダルの夢は潰えたが、つづくブロンズメダルマッチで韓国に勝ち、銅メダルを獲得した。
  メダルを勝ち取れた意味は大きい。

 リオ五輪では団体戦で初めて銀メダルに輝き、女子とともに団体戦を日本の強みにしていくように強化策が取られ、今回も結果を出した。結果を出し続けることで、その種目の勝ち方が蓄積され、さらに上を目指す策も講じやすくなる。強い歴史がチームと選手に責任感と勇気を与えて、ポジティブに戦うことを可能にする。

 ただ、選手個々にスポットを当てると、今回の結果は、水谷の存在が非常に大きく、彼がいなければ混合ダブルスも男子団体の銅メダルも難しかったかもしれない。張本は水谷を心底信頼しており、彼の精神的な支えにもなっていた。だが、その水谷が今回の東京五輪で引退を表明している。男子卓球の「今後」を考えると、団体で銅メダルを獲ったからといって浮かれている場合ではないのだ。
  人材でいえば中国には、強い世代を越えるようにどんどん新しい選手が育ってきている。卓球大国だからという言い方で済ませてしまうと、日本は永遠に追いつけないことになる。中国は卓球を「国技」として優秀な選手を全国から集め、科学を駆使しながらトラの穴方式で強化を押し進めてきた。力のない選手は容赦なく振るい落とされ、脱落した選手は自分の意志で国籍を変更して他国の代表選手になるか、それともやめてしまうか、地方のコーチとして食べていくか。いずれにしてもトップ以外は厳しい道を選択せねばならず、だからこそ、世界に出てくる中国人選手は、恐ろしく強い。

 日本は、もともと実業団があり、2018年にはTリーグも生まれた。Tリーグには、台湾、スペインを始め世界の強豪国からも選手が集ってくるようになった。だが、日本の選手、とりわけ男子は日本のリーグ戦の環境の中から脱しきれず、世界に飛び出すような選手が出てこない。水谷は、こうした状況に危機感を覚えたのだろう。東京五輪後、「男子卓球界に必ず氷河期が来る。五輪後に一気に。他の五輪競技を見渡すと、今の卓球環境が恵まれすぎている。自分がドイツに行っていたころは本当に大変だった。本気の選手が全然いないと思う」と、現役選手たちに苦言を呈している。
  現状では、男子は女子と比較すると選手層が薄く、張本、丹羽につづく存在がいない。そのため、しばらくは水谷が日本男子卓球界を引っ張ってきたように、張本に頼り切る状況になりそうだ。若い張本は、プレーヤ―としては日本の軸だが、チーム全体を引っ張る存在としてはまだ経験が必要になる。張本をラクさせられるような存在の選手が出てこないと男子卓球は先細っていくばかりだ。

 また、世界の勢力図もこれから変わっていく気配を見せている。

 中国が男子世界ランキング3位までを独占し、トップ10に4名いることを見れば、これからも世界のトップを走り続けていくだろう。そのあとにつづくセカンドグループが非常に力をつけてきており、混沌としてきそうだ。
  実際、圧倒的な世界2位にいる日本の女子とは異なり、男子は日本を破ったドイツを始め、韓国、ドイツと接戦を演じた台湾など、実力的な開きは大きくはなくなってきている。これらの国は、対中国というよりもこのセカンドグループでトップを維持するために、今回のように対日本対策をしっかり講じて挑んでくるので、非常にやっかいだ。団体戦で強味を発揮したい日本は、このまま張本レベルの選手が出てこないと世界的な卓球の勢力図の中で強豪国として生き残れるかどうかの瀬戸際に追い込まれることになるだろう。

 団体戦で銅メダルという結果を出せたが、シングルスの敗退、団体戦準決勝でのドイツ戦の敗戦は、これからの日本、そして選手たちに警笛を鳴らしている。そのことをどれだけ多くの現役選手が自分のこととしてとらえているだろうか。他人事でしか感じられないのであれば、水谷がいう「氷河期」はやってくる。そして、ひとたび、その時期がくれば容易には元に戻らない。

 祭りのあとの危機感を男子卓球界は、全員で共有できるだろうか。
 そして、張本に続く勝てる選手が出てくるか。

 パリ五輪までは、もう3年しかない。

文●佐藤俊(スポーツライター)

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