スプリーウェル、オリー、マックダイスら個性派を多く輩出したアラバマ大の歴代最強メンバーを選定!<DUNKSHOOT>

スプリーウェル、オリー、マックダイスら個性派を多く輩出したアラバマ大の歴代最強メンバーを選定!<DUNKSHOOT>

アラバマ大出身者には身体能力の高かったスプリーウェル(左)やマックダイス(右上)、クラッチシューターのオリー(右下)がいる。(C)Getty Images

1910年に創設され、NBA(1946年)より古い歴史を持つNCAA(全米大学体育協会)は、プロを目指す若手選手たちにとって“王道ルート”であり、時代を問わず何人ものスーパースターを世界最高峰の舞台に送り出してきた。

 では、カレッジとNBAで実績を残した選手を対象に、大学別に最強メンバーを選出した場合、どんな顔ぶれになるのか。『THE DIGEST』では、双方に精通する識者に依頼し、各大学のベストメンバーを選んでもらった。

 今回はアラバマ大編をお届けする。NCAA優勝経験はないものの、ラトレル・スプリーウェルやロバート・オリー、アントニオ・マックダイス、現役のコリン・セクストンら個性的な選手を輩出している同大のベストメンバーとは?
 【ポイントガード】
モー・ウィリアムズ

1982年12月19日生。185センチ・89キロ
カレッジ成績:64試合、平均13.1点、3.9リバウンド、4.2アシスト
NBA成績:818試合、平均13.2点、2.8リバウンド、4.9アシスト

 コリン・セクストン(クリーブランド・キャバリアーズ)も昨季は平均24.3点と進境著しい。だがまだキャリアが3年しかなく、キャブズの先輩であるウィリアムズを超えてはいない。アラバマ大では1年で最優秀フレッシュマンに選ばれるも、2003年のドラフトでは47位の低評価だった。

 それでもユタ・ジャズから2年目にミルウォーキー・バックスへ移籍すると先発PGに定着。古典的なプレーメーカーではなく、自ら点を取りに行くタイプで、06−07シーズンからは3年連続平均17点以上。キャブズへ移った08−09シーズンに初のオールスター選出を果たした。

 その後様々なチームを転々とし、ミネソタ・ティンバーウルブズ時代には1試合52点も記録。15−16シーズンにキャブズへ復帰、控えながら初優勝に貢献した。背番号25にこだわり、何らかの事情でつけられない場合も「2」「5」「52」「7(2+5)」などを使った。現在はアラバマ州大でヘッドコーチを務めている。
 【シューティングガード】
ラトレル・スプリーウェル

1970年9月8日生。196センチ・86キロ
カレッジ成績:68試合、平均13.5点、5.1リバウンド、2.0アシスト
NBA成績:913試合、平均18.3点、4.1リバウンド、4.0アシスト

 アラバマ大OBで最高のNBA選手にして、最大のトラブルメーカーでもあった。92年のドラフト24位でゴールデンステイト・ウォリアーズに指名されると、1年目から平均15.4点でオールルーキー2ndチーム入り。翌年はさらに飛躍を遂げ、切れ味鋭いドライブから点を奪いまくって平均21.0点、守備でも2.2スティール。オールディフェンシブ2ndチームのみならずオールNBA、それも1stチームに選ばれた。

 まさしく新進気鋭のスター誕生といった趣だったが、気性が激しすぎたのが玉にキズで、チームメイトのティム・ハーダウェイや当時のHCドン・ネルソンと対立。さらに97年には、練習中に口論となったPJ・カーリシモHCの首を絞めるという前代未聞の大事件を起こし、無期限出場停止処分を科される。

 これで一気に評判を落としたが、翌年に移籍したニューヨーク・ニックスで再起。99年は第8シードからのファイナル進出という快挙の立役者になって、名誉挽回に成功した。
 【スモールフォワード】
デリック・マッキー

1966年10月10日生。206センチ・93キロ
カレッジ成績:99試合、平均12.4点、6.5リバウンド、1.3アシスト
NBA成績:937試合、平均11.0点、4.7リバウンド、2.4アシスト

 アラバマ大では2年時の86年に世界選手権(現ワールドカップ)のアメリカ代表に選ばれ、金メダルに貢献。87年はカンファレンスMVPを受賞し、同年のドラフト9位でシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)に入団した。2年目には先発SFに定着して平均15.9点をあげたが、積極的に点を取りに行くタイプではなく、得点は結局これがキャリアハイとなった。

 一方、守備ではサイズと身体能力の高さを生かして、PG以外の4ポジションをカバー。個人スタッツで上位にランクされることはなくとも、戦術の理解度が高く、チームのために最適なプレーを選択できる有能なロールプレーヤーとして重宝された。

 93−94シーズンにデトレフ・シュレンプとの交換でインディアナ・ペイサーズへトレードされてからも、95、96年に2年続けてオールディフェンシブ2ndチームに選出。引退後は自宅のあるインディアナポリスと故郷のミシシッピ州の両方で、地域活動に熱心に携わっている。
 【パワーフォワード】
ロバート・オリー

1970年8月25日生。208センチ・107キロ
カレッジ成績:133試合、平均12.0点、7.0リバウンド、1.4アシスト
NBA成績:1107試合、平均7.0点、4.8リバウンド、2.1アシスト

 キャリア平均7.0点の選手に、殿堂入りに値するとの声が一部ではあっても上がるのは、NBA史上でも指折りのクラッチシューターだからだ。生まれもアラバマ州(同州出身者の最多出場記録も持つ)で、大学ではスプリーウェルの2年先輩。92年のドラフト11位でヒューストン・ロケッツに入団すると、持ち前の守備力ですぐ先発SFの座を手にする。95年のファイナルでは第2戦で新記録の7スティールを決めた。

 以後、ロサンゼルス・レイカーズ時代の01年ファイナル第3戦、02年カンファレンス決勝第4戦とファイナル第4戦、サンアントニオ・スパーズでも05年ファイナル第5戦と、リーグの歴史に残る一撃を何度もヒット。“ビッグ・ショット・ロブ”の異名は伊達ではなく、3球団合計で7個のチャンピオンリングを収集した。名物ライターのビル・シモンズは「チャールズ・バークレーとオリー、どちらのキャリアを選ぶかと言われたら迷わずオリーにする」とまで言っている。【センター】
アントニオ・マックダイス
1974年9月7日生。206センチ・100キロ
カレッジ成績:59試合、平均12.8点、9.3リバウンド、0.5アシスト
NBA成績:1015試合、平均12.9点、7.5リバウンド、1.3アシスト

 95年のNCAAトーナメントで豪快なダンクを連発して注目され、アラバマ大史上最高位となるドラフト2位でロサンゼルス・クリッパーズに指名されると、直後のトレードでデンバー・ナゲッツへ。3年目にフェニックス・サンズへトレードされたが、FAになった翌年散々迷った末にナゲッツに戻り、自己最多の平均21.2点、2.3ブロックでオールNBA3rdチームに選出された。

 身体能力が極めて高いビッグマンとしてショーン・ケンプと比較され、2000年はシドニー五輪代表として金メダルを獲得。00−01シーズンは20.8点に加え、リーグ5位の12.1リバウンドを奪いオールスターに選ばれた。01−02シーズンに膝を負傷して翌シーズンは全休、復帰後も以前ほどの爆発力は失われていた。

 それでもインサイドでの守備力は健在で、デトロイト・ピストンズやスパーズのような強豪チームで、重要な戦力となり続けた。通算7638リバウンド、1102ブロックはいずれもアラバマ大OBでは最多である。
 【シックスマン】
ジェラルド・ウォーレス

1982年7月23日生。201センチ・98キロ
カレッジ成績:36試合、平均9.8点、6.0リバウンド、1.5アシスト
NBA成績:832試合、平均11.9点、5.8リバウンド、2.1アシスト

 アラバマ大出身者はマッキー、オリーらフォワードの選手が活躍する傾向があって、ウォーレスも同じくSF。01年のドラフト25位でサクラメント・キングスに入団したものの、なかなか出場機会を得られずくすぶっていた。だが04年のエクスパンション・ドラフトで新球団シャーロット・ボブキャッツに指名され、光明が差す。
  移籍2年目の05−06シーズンにはリーグトップの平均2.5スティール、攻撃面でもコンスタントに10点台後半の数字を残せるようになった。長い腕でスティールやブロックを量産するだけでなく、1対1のディフェンスも優れており、09−10シーズンにはオールディフェンシブ1stチームに選出。

 同年はオールスターにも出場、これは04〜15年に存在したボブキャッツ(15年以降はホーネッツに改称)で唯一のオールスターであった。他のシックスマン候補としては、80年代にナゲッツでオールディフェンシブチームに3度選ばれたTR・ダンがいる。

文●出野哲也
 

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