コビーと「ショーを披露できただろう」。ポールが破談となった2011年のレイカーズ移籍を回顧<DUNKSHOOT>

コビーと「ショーを披露できただろう」。ポールが破談となった2011年のレイカーズ移籍を回顧<DUNKSHOOT>

ポールは2011年のオフに1度はレイカーズ行きが決まったが、コミッショナーの介入でトレードは破談。コビーとの超強力デュオは実現しなかった。(C)Getty Images

現代トップクラスの司令塔であるクリス・ポールは、昨年11月にトレードでフェニックス・サンズへ移籍し、プロ16年目で初のNBAファイナル進出を果たした。オフには4年総額1億2000万ドル(約132億円)で再契約を結び、悲願のリーグ優勝を目指すが、ポールのキャリアを語るうえで、今でもたびたび話題に上る“幻のトレード”がある。

 それは2011年、ニューオリンズ・ホーネッツ(現ニューオリンズ・ペリカンズ)、ロサンゼルス・レイカーズ、ヒューストン・ロケッツの3チーム間で交渉が行なわれ、合意にまで至った取引だ。

 このトレードはレイカーズがポールを獲得し、ロケッツにはパウ・ガソルが加入、ホーネッツにラマー・オドム、ケビン・マーティン、ルイス・スコラ、ゴラン・ドラギッチが行くというものだった。

 しかし、当時のホーネッツはリーグが所有していたため、トレード成立にはデイビッド・スターン・コミッショナー(当時)の承認が必要だった。そしてリーグの戦力バランスにもたらす影響が考慮された末、最終的に承認が得られずトレードは破談となった。

 結局、ポールはエリック・ゴードン、クリス・ケイマン、アル・ファルーク・アミヌ、ドラフト1巡目指名権とのトレードでロサンゼルス・クリッパーズに加入。もしレイカーズに移籍し、ポールとコビー・ブライアントが同じチームでプレーしていたら、何度リーグ優勝をしていたかと思うファンは絶えない。

 あれから10年の月日が経過したが、元NBA選手のギルバート・アリナスが、自身のポッドキャスト『No Chill Podcast』にポールをゲストに迎えた際、「少なくとも10年間はリーグを支配していただろう」と幻のデュオに言及。そして、レイカーズにスーパーチーム完成の可能性があったため、リーグがそれを阻止したと見解を述べた。
 「何が起こったんだ? って感じだった。アンフェアだよ。ただ、君が(レイカーズへ)行って、オーランドにはもう居たくないと言っていたドワイト(ハワード)が行って、さらに2400〜3000万ドルのキャップスペースが残る。当時、MAX契約のスタート年俸は1200〜1300万ドル。さらにMAX契約の選手を2人獲得できる状況だ。レブロン(ジェームズ)やメロ(カーメロ・アンソニー)、ケビン・デュラントが加わったらチームUSA(アメリカ代表)級のスーパーチームだからね」

 ポールもアリナスとの対談で、「一緒にプレーしていたら、エキサイティングだっだろうね」と語る。もっとも、このトレード破談にまつわる重要人物であるスターン(2020年1月に脳出血で死去)、コビー(同1月にヘリコプター墜落事故で死去)ともに亡くなってしまったことには複雑な思いがあるようだ。

「世間の人々は、コビーがそれまで見せていた以上にシュートを打てることに気づいてなかった。コビーはスポットシューターにもなれる。彼のゲームは引き出しが豊富だから、ショーを披露できただろうね。ただ、残念ながら、最も重要な人物であるコビーとスターンはもう(この世に)いない。この話をする時にはタフな部分だよ」

 36歳のポールが、サンズとの現行契約を終える時にはすでに40歳。レイカーズへ移籍する可能性はなさそうだが、コビーとの幻のデュオは後世にも語り継がれていきそうだ。

構成●ダンクシュート編集部
 

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