「今日で引退します!」女子体操界のエース村上茉愛の成し遂げた偉業とは?最後まで故障に苦しんだ紆余曲折のキャリアを振り返る

「今日で引退します!」女子体操界のエース村上茉愛の成し遂げた偉業とは?最後まで故障に苦しんだ紆余曲折のキャリアを振り返る

ファンの前では弾けるような笑顔を見せる村上だが、怪我に悩まされた日々もあった。(C)Getty Images

福岡県北九州市にて有観客で開催された世界体操選手権。日本女子のエース・村上茉愛が、種目別女子ゆかで金メダルを獲得したのを最後に引退を発表した。

「私は今日で引退します!」

 村上は10月24日夜の閉会式終了後、男子の内村航平ら日本代表メンバーたちとともに会場に再び登場。スタンドに残っていた観客にTシャツを投げ入れるなど“サプライズ”のプレゼントをすると、渡されたマイクを手に「今日で引退します!」と宣言した。張りのある声には、やり切ったという充実感があふれていた。最愛の母・英子さんもスタンドで見つめていた。

 2017年の世界選手権種目別ゆかで、日本女子としては1954年ローマ大会で平均台優勝を飾った田中(現姓・池田)敬子さん以来63年ぶりの金メダルに輝いた。今夏の東京五輪では同じくこの種目で銅メダル。日本女子が五輪の個人種目で表彰台に上がったのは史上初の快挙だった。
  女子体操界に燦然と残る数々の快挙を成し遂げた村上。しかし、弾けるような笑顔の裏には多くのケガもあった。

 最初の大きなケガは中学3年生だった2011年。跳馬の練習で左ひじを骨折し、手術した。以前、村上は「12年のロンドン五輪も目指していたのですが、ケガでその時は諦めました」と語っていた。

 ひじの骨折が癒えてからは紆余曲折がありながらも、トータルで見れば競技成績をどんどん伸ばしていった。高校2年生だった2013年に世界選手権の代表入りを果たし、2016年にはリオデジャネイロ五輪に出場。2017年世界選手権で前述の通り種目別ゆかの金メダルに輝いた。ところが次は東京五輪でメダルを、と意気込んでいた2018年。大学4年生だったこの年は、右足首のじん帯を部分断裂するアクシデントに見舞われた。
  そして、選手生命にもかかわる最大のピンチが訪れたのは大学を卒業し、日体クラブの所属選手として東京五輪を目指していた2019年5月だ。その年の世界選手権代表選考会を兼ねたNHK杯の試合開始直前。跳馬の練習を突如中断した村上は、足をひきずりながら棄権を申し出た。

 大会の1週間前、練習でぎっくり腰になり、「両仙腸関節症」と診断されていた。NHK杯では痛み止めの注射を打つなど最後まで出場に向けて調整したが、無理だった。盟友の寺本明日香と抱き合い、涙を流しながら「ごめん」と言って棄権をわびた。2019年世界選手権は東京五輪の団体出場枠獲得が懸かっていたからだ。(その秋、寺本主将が率いた日本女子は執念で団体出場権を獲得)

 後に村上は、日常生活にも支障をきたす痛みの中、何よりつらかったのは、リハビリすら許されずにできずに体を休めなければいけなかったことだったと述懐していた。
  今回の世界選手権も、開幕約2週間前の10月5日の試技会で左足首を痛めていた。そのため十分な練習をできず、予選の平均台は降り技の着地の際に顔をゆがめる場面もあった。それでも最後まで演技しようと思ったのは、観客に演技を見てもらいたかったから。

「オリンピックの時もたくさんの人に支えられた。世界選手権に出るモチベーションを考えた時、オリンピックで唯一の心残りだったのが無観客だったこと。たくさんの人に見ていただきたいから世界選手権を頑張ろうと思った。応援がないと続けられなかった」

 多くのケガを乗り越えた村上は、現役最後の演技となったゆかの後、スタンドのファンにお辞儀をした。応援への感謝の気持ちの先にあったのが、有終の美の金メダルだった。

取材・文●矢内由美子

【PHOTO】日本女子体操57年ぶりの快挙!体操種目別ゆかで銅メダルに輝いた村上茉愛の可憐な演技を厳選ショットで振り返る!
 

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