レブロン、コビー、ガーネット…錚々たるメンバーが揃う“高卒出身”のベストメンバーを発表!<DUNKSHOOT>

レブロン、コビー、ガーネット…錚々たるメンバーが揃う“高卒出身”のベストメンバーを発表!<DUNKSHOOT>

ガードは史上最高の選手にも挙げられるレブロン(右)とコビー(左)という超豪華布陣に。(C)Getty Images

1910年に創設され、NBA(1946年)より古い歴史を持つNCAA(全米大学体育協会)は、プロを目指す若手選手たちにとって“王道ルート”であり、時代を問わず何人ものスーパースターを世界最高峰の舞台に送り出してきた。

 これまで『THE DIGEST』では、双方に精通する識者に依頼し、各大学のベストメンバーを選んでもらってきたが、今回は番外編として“高卒出身のベストメンバー”をお届けする。

 現在ではドラフトの年齢制限によって高校卒業後、すぐにNBAに入ることはできないが、1990年代後半から2000年代前半には高卒選手のドラフト指名は頻繁に見られた。そのなかにはスーパースターに成長を遂げた選手もおり、その結果、超豪華布陣が完成した。

【ポイントガード】
レブロン・ジェームズ(セントビンセント・セントメリー高)

1984年12月30日生。206センチ・113キロ
成績:平均27.0点、7.4リバウンド、7.4アシスト
NBA成績:1310試合、平均27.0点、7.4リバウンド、7.4アシスト

 本来のポジションはSFであるが、マイアミ・ヒート時代はPFに入る機会も多く、ロサンゼルス・レイカーズ移籍後は主にPGを務めた。“GOAT”であるか否かは議論の的になってはいるが、史上最も万能性の高いスターであるのは疑いの余地はない。

 セントビンセント・セントメリー高時代からすでに米老舗誌『Sports Illustrated』の表紙を飾った「選ばれし者」は、2003年ドラフトで史上2人目となる高卒1位指名でクリーブランド・キャバリアーズに入団。デビュー戦での25得点、9アシストは、ケビン・ガーネット(8得点、1リバウンド)や無得点だったコビー・ブライアントと比べても破格だった。同年は平均20.9点、5.5リバウンド、5.9アシストで新人王、10代での受賞は史上初だった。

 その後もMVP4回、ファイナルMVP3回(すべて異なるチームで受賞)、通算得点も3万5000点を超え、更新不可能と思われたカリーム・アブドゥル・ジャバーの記録に迫りつつある。
 【シューティングガード】
コビー・ブライアント(ローワー・メリオン高)

1978年8月23日生。198センチ・93キロ
ハイスクール成績:平均30.8点、12.0リバウンド、6.5アシスト
NBA成績:1346試合、平均25.0点、5.2リバウンド、4.7アシスト

 元NBA選手の父ジョーが、神戸肉のステーキの美味さに感動し息子を「神戸=コビー」と名付けた逸話は有名。フィラデルフィア近郊のローワー・メリオン高校から1996年のドラフト13位でシャーロット・ホーネッツに指名され、直後のトレードでレイカーズに加わった。

 当初は線が細く、1年目は平均7.6点に終わったものの、2年目は史上最年少の19歳でオールスターに出場。順調に成長を続け、2000〜02年はシャキール・オニールとともにレイカーズの3連覇に貢献した。そのオニールを半ば追い出すような形でレイカーズのエースとなり、05-06シーズンは平均35.4点、翌年も31.6点で2年連続得点王。06年1月22日のトロント・ラプターズ戦で叩き出した81得点は史上最高のパフォーマンスの一つである。

 MVPは08年の一度だけだが、オールスターに15回、オールNBA1stチームも11回選出され、現役最後の試合でも60得点。プレースタイルも含め、マイケル・ジョーダンに最も近い存在であった。
 【スモールフォワード】
トレイシー・マッグレディ(マウントジオン・クリスチャン・アカデミー高)

1979年5月24日生。203センチ・95キロ
ハイスクール成績:平均27.5点、8.7リバウンド、7.7アシスト
NBA成績:938試合、平均19.6点、5.6リバウンド、4.4アシスト

 地元フロリダ州の高校から、ノースカロライナ州のマウントジオン・クリスチャン・アカデミーに転校。ヴィンス・カーターと出会ったのもこの時期で、親戚同士と分かったのはその後だった。97年のドラフト7位でラプターズに入団。同球団に所属している間はベンチメンバーだったが、2000−01シーズンにオーランド・マジックへ移籍して持ち前の得点能力が開花。

 MIPに輝いた同年の26.8点を皮切りに8年連続で平均20点以上、03年は32.1点でタイトルを獲得。翌年も28.0点で得点王となり、オールNBA1stチームに2年続けて選ばれた。04-05シーズンにトレードで移籍したヒューストン・ロケッツでも「33秒間に13点」という驚愕のパフォーマンスを演じたが、プレーオフでは1回戦の壁を破れずじまい。ケガもあって20代の終わり頃にはすっかり衰えてしまったのは、40過ぎでも元気だったカーターと好対照を描いた。
 【パワーフォワード】
ケビン・ガーネット(ファラガット高)

1976年5月19日生。211センチ・109キロ
ハイスクール成績:平均25.2点、17.9リバウンド、6.7アシスト
NBA成績:1462試合、平均17.8点、10.0リバウンド、3.7アシスト

 長い間、高校からNBA入りした選手が活躍した時期はなかった。ドラフトへのエントリーを禁じられていたわけではなかったが、人気もレベルも高い大学バスケットを経験するのが当たり前だったからだ。だからシカゴのファラガット高出身のガーネットが95年のドラフトに参加する意思を示した際は、色物のように受け止める向きもあった。

 しかしながら5位という高順位でミネソタ・ティンバーウルブズに入団すると、2年目には弱小チームのエースの座を確保。98-99シーズンからは9年連続で20点、10リバウンド以上を記録した。攻撃以上に貢献度が高かったのはディフェンスで、04年から4年連続リバウンド王、オールディフェンシブチームには12回選出された。

 ボストン・セルティックスへ移籍した08年は最優秀守備選手賞に輝き、チームを22年ぶりの優勝の原動力に。気性の激しさでも有名で、ウルブズ球団首脳との対立や、セルティックス時代の同僚レイ・アレンとの確執もよく知られている。
 【センター】
モーゼス・マローン(ピーターズバーグ高)

1955年3月23日生。208センチ・97キロ
ハイスクール成績:―
NBA成績:1455試合、平均20.3点、12.3リバウンド、1.3アシスト

 ここは現役のドワイト・ハワードをはじめ、ジャーメイン・オニール、アマレ・スタッダマイアーら好選手の宝庫だが、実績ではマローンが彼らを圧倒している。バージニア州のピーターズバーグ高校から74年にABAのユタ・スターズに入団、50年代以降では初めて大学を経由しなかったプロ選手となる。

 76−77シーズンからNBAへ移籍、「リバウンドは全部自分が取るつもりでいる」と言っていたように、79年はリーグトップの平均17.6本を奪取。オフェンシブ・リバウンドを取ってプットバックで得点する機会も多く、同年は24.8点でMVPを受賞した。81年から5年連続リバウンド王、ジャバーを凌ぐNBA最強センターとして君臨し、82年は31.1点、14.7リバウンドで2度目のMVP。

 翌年ヒューストン・ロケッツからフィラデルフィア・セブンティシクサーズへ移籍し、3度目のMVPに輝くと同時に、プレーオフも全勝での優勝を宣言。実際に負けたのは1試合だけで、ファイナルMVPも受賞した。
 【シックスマン】
ルー・ウィリアムズ(サウスグウィネット高)

1986年10月27日生。185センチ・79キロ
ハイスクール成績:―
NBA成績:1067試合、平均14.3点、2.2リバウンド、3.5アシスト

 激戦区のセンターで洩れたハワードらの方が、選手としてはウィリアムズより上であるのは否めない。しかしシックスマンを選ぶとなれば話は別。ベンチ出場での通算1万3042点は史上1位、これも最多となる3回のシックスマン賞を受賞し、マーカス・モリス(ロサンゼルス・クリッパーズ)から「史上最高のシックスマン」と呼ばれた選手を外すわけにはいかないからだ。

 ジョージア州のサウスグウィネット高校から、05年のドラフト2巡目15位(全体45位)でシクサーズに入団。1年目は平均1.9点とプロの壁にぶち当たったが、3年目にはシックスマンとして平均得点を2桁に乗せる。

 その後も、ディフェンスに難があることもあって先発で起用されるようにはならなかった代わり、爆発的な得点力を買われ、ベンチメンバーとして重宝される。とりわけクリッパーズ在籍時の17-18シーズンは、平均22.6点をあげ2度目のシックスマン賞。翌年も20.0点で3度目の受賞を果たした。

文●出野哲也
 

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