「1日に10回、20回と体重計に乗ることも」。レジェンド葛西紀明も苦戦する、ジャンプ競技における体重管理

「1日に10回、20回と体重計に乗ることも」。レジェンド葛西紀明も苦戦する、ジャンプ競技における体重管理

史上最多となる計8回の五輪出場を果たすレジェンドも減量には苦しんでいるという。写真提供:土屋ホーム

明日への一歩を応援する「Do My Best, Go!」。第13回に登場していただくのは、まさに「レジェンド」の呼び名がふさわしい、スキージャンプの葛西紀明選手です。50歳目前ながら監督兼選手として活躍し続ける気力や体力を支えているものは何なのか。還暦ジャンパーを目指す葛西選手に、食生活やコンディションづくりについて伺いました。

――葛西選手の少年時代について教えてください。

 小学1年くらいまでは体が弱くて、毎日のように病院に通っていました。それで何かスポーツを始めたほうがいいだろうということで、マラソンを始めたんです。それからどんどん体も強くなって、気が付いたら下川町で一番足の速い男の子になっていました(笑)。

 それからどんなスポーツも好きになって、サッカーも野球もやりましたね。当時はゲームなどもないので、釣りをしたり、ザリガニやカエル、サンショウウオを獲ったり。クワガタなんて夏休みに100匹くらい獲っていました。親父に連れられて、しめじや落葉きのこ採りもしていました。北海道でよくとれるんです。

――ジャンプとの出会いはいつ頃でしたか?

 友達に誘われて、小学校3年の時に初めてジャンプを飛びました。クロスカントリーのスキーをやっていたんですが、そのスキー場にジャンプ台が4台もあったんです。最初は怖かったし、ジャンプになりませんでしたが、だんだんバランスが分かってきて着地も立てるようになると、友だちと競い合うようになりました。それが楽しくて、ジャンプにのめりこんでいきました。

 最初はアルペンのスキーで飛んでいたんですが、僕の2つ年上の岡部孝信さんにジャンプスキーを履いて飛んでみろと言われて。すぐに慣れて、小学校3年生のうちに50メートル級まで飛べるようになりました。初めてから半年で、下川町のジャンプ台はすべてクリアしましたね。

――独学で始めたんですか?

 最初の頃は、そうでした。スキー場の管理人の監視をかいくぐって、こっそり飛んでいたんです。親に内緒で下川町町民スキー大会に出て銀メダルを獲ってから、それを見ていた少年団のコーチが家に親を説得してくれて、それから少年団に入りました。――幼少期、中学時代から様々な記録を残されてきた葛西選手ですが、高校時代は1年生の時から代表チームで活躍されています。練習で大変だったことや、食事面で意識していたことはありますか? 

 当時は国内で大人も合わせた大会で1位を取ったりもしましたが、初めて高校1年で海外遠征に行った時にレベルの違いに打ちのめされて、これじゃダメだと高校2年の時には死に物狂いでトレーニングしました。スキー部のトレーニング以外にも自主トレをして、プロテインを飲んだり、食事もバランスを考えながら腹いっぱい食べて筋肉をつけてというかたちでした。

 明確に栄養に対する意識が変わったのは、社会人になってからです。地崎工業に入社してからすぐに栄養士、調理師をつけて、1日のカロリーをコントロールしていくなかで、次第に自分でも食事の大切さを理解していきました。高校時代は、バランスは考えていても基本は好きなものを食えという感じだったんですが、地崎工業に入ってからは、合宿地には必ず栄養士や調理師がついて、バランスの良い食事を教えてくれました。

――それを私生活にも取り入れていったのですね。では、年齢を重ねていく中で食事への気の付け方は変わっていきましたか?

 多少は変わりましたね。初めから五大栄養素は気にしていましたが、例えば若い頃は肉に脂身がついているものを食べていました。30歳を超えてからは、肉はヒレ肉やささみに代わりましたし、一番摂りにくいと言われているビタミンCもなるべく摂るようにしたり。40歳を超えた今では、同じトレーニングをして同じ食べ物を食べても、前とはやっぱり違います。代謝が悪いのか、なかなか体重も落ちなくて、断食をすることもあります。3日間一切食べずに、水とブラックコーヒーだけで減量するんです。

――体重コントロールは具体的に、どのように調整しているのですか? 

 結婚する前までは試合前の3日間で断食をしていましたが、結婚してからは奥さんにそれではダメだと言われまして、今は大体1か月前からきのこや野菜サラダ生活を始めて、少しずつ落としていく減量に変わりました。ただ、ジャンプは体重制限があるので、最終的に落ちなかったら断食です。

 1998年の長野オリンピックが終わってからルール改正が行なわれて、2000年前後から減量が流行り始め、その流れで私も減量するようになりました。それまでは体重計に乗ったこともそれほどなかったんですが、自分で体重計を買ったら、体重がすごく気になって、1日10回も20回も体重計に乗るようになりました。朝起きて量って、トイレして量って、朝ご飯を食べて量って、というように細かくチェックし、試合会場にも体重計を持って行きましたね。あまり体重が軽いと失格になってしまうので、それに合わせて水を飲んだり、多い場合は汗を出したりして調整していました。

 僕はもともと筋肉の量が多いので、頑張って減らして体重を合わせるタイプなんです。選手の中にはもともと体重が少なくて、水を飲んで増やさなければいけないタイプもいます。そういう選手は朝昼晩しっかり食べているんですが、僕はそれを目の前でじーっと「おいしそうだな」と思いながら見ているしかない。めちゃめちゃきついですよ。――ここ2年間程度は、新型コロナの影響で満足に大会やトレーニングができなかったと思いますが、そのあたりの苦労は感じていますか?

 どの競技もそうなので仕方ないという気持ちと、あとはいかに頭を切り替えるかというところですね。僕は自宅にトレーニングルームがあるし、小さい頃からやっているマラソンを今もかかさず続けています。マラソンをして汗をかいて、自宅のトレーニングルームを使うという流れで、コロナのなかでも自宅でできるからよかったとプラスに考えて取り組んでいます。ただ、ジャンプ業界全体としては、コロナで緊急事態宣言が出た時からトレーニング施設やジムも使えずに、相当トレーニング不足にはなっていたんじゃないかと思います。

――今は選手たちにとって2022年の北京五輪が目標になりますね。東京五輪で刺激を受けた方もいると思います。葛西選手も東京五輪に感じるものはありましたか?

 もちろんです。毎日、何種目も見て、釘付けでした。コロナの影響もあって感動や希望、そういったものが、みんなうずいているんじゃないかと思うんです。僕もオリンピックを見て感動して、自分と照らし合わせたりもしました。映像を観ることによって、その選手がどれだけトレーニングしてきたのもわかるので、すごく刺激も受けました。東京オリンピックがなければ、自分の闘志に火が付かなかったと思います。他の選手もそう思っていると思いますよ。

――これからの目標、目指す姿は?

 近々の目標だと北京に出場して、あわよくばメダルを獲りたいですが、長い目標を挙げるなら……ここまで来たらジャンプをやめたくない、ということですね。僕は北京が終わると50歳、その4年後のイタリアオリンピックは54歳で迎えます。さらに4年後の58歳の時のオリンピックを札幌が招致しているんです。自国と言わず地元ですよ。そのオリンピックが来たらと思うとね。札幌が招致している大会まで、あと10年きっている。なので、そこまで行けるんじゃないか、という気持ちになっているんです。体の衰えも感じていませんし、何だったら後輩に「葛西さんのその体力は何なんですか!」と言われるくらいですから。辞めたくないという気持ちもあるので、還暦ジャンパーまでやろうかと。そういう目標をもってやっていこうと思っています。

――どこかでご自身のような存在を発掘することは?

 たまにジュニアの選手と一緒になる時は、発掘したいなという目で見ていますね。地元の下川中学校にいたんですよ、ひとりすごい子が。本当に素晴らしいジャンプをしていたので、将来が楽しみです!

――競技にかかわらず子どもたちがスポーツに夢を持ってくれる社会はすばらしいですね。

 スポーツは奮い立たせるものがあるし、スポーツをやっていない一般の方まで盛り上がって気持ちが熱くなるのはすごいことだと思う。子どもたちはどんどんチャレンジしてもらいたいです。

――最後に。飛ぶ直前にはどんなことを考えているんですか?

 風来い!しか考えていないですね。向かい風で浮いてくれ、と。

――天候に左右される競技ですからね。

 こんな理不尽な競技はないですよ。勝てばいいですけど、負けたら悔しくてしょうがない。なんだこの競技はと思いますね(笑)。負けたことの方が多いですけど、勝った時のうれしさはたまらないんです。

【プロフィール】
葛西紀明(かさいのりあき)
1972年6月6日生まれ 176センチ/59キロ
チーム土屋スキー部選手兼任監督。北海道出身

小学3年でジャンプに出合い、中学3年のテストジャンパーとして優勝者の記録を上回り話題となる。1994年リレハンメル五輪団体銀メダル、2014年ソチ五輪個人銀メダリスト。スキージャンプ選手としては異例ともいえる30年以上のキャリアと、40歳を超えてなお一線級の成績をマークすることから「レジェンド」と称され、国内外から尊敬を集める。冬季五輪8大会連続最多出場記録、冬季五輪スキージャンプ最年長メダリストなど5つのギネス世界記録をもつ。夢は “還暦ジャンパー”。
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