大事故から1年半。再び死の危険を乗り越えた“F1の鉄人”を伊紙も祝福!「最高のクリスマスプレゼントだ」

大事故から1年半。再び死の危険を乗り越えた“F1の鉄人”を伊紙も祝福!「最高のクリスマスプレゼントだ」

不屈の精神力を持つ「鉄人」として世界中から大きな称賛を浴びているザナルディ。(C)Getty Images

昨年6月に行なわれたハンドサイクルのレース中にトラックとの衝突事故を起こし、一時は危険な状態に陥っていたのが、元F1ドライバーにして、パラリンピック金メダリストのアレックス・ザナルディだ。

 着実な回復を見せ、すでに病院を退院しているザナルディ。彼がブランドアンバサダーを務める『BMW』のウェブサイトでインタビューに答えたダニエラ夫人は、「アレックスは数週間前に退院することができ、今は私たちと一緒に自宅で過ごしています。これを長い間、待ち望んでいました」と語った。入院時はコロナの影響で、本人に会うことを許されるのは家族と母親だけで、それも1日にひとり、1時間半と制限されていたことを明かし、現在の状況を喜んだ。

 事故発生時は、主治医が「神経学的に深刻な状況にある」と語り、今後について厳しい展望を示していたが、夫人は「回復は長期的なプロセスとなり、現在も続いています。医師、理学療法士、神経心理学者、そして言語療法士によるリハビリプログラムにより、着実に前進しています。時には、前に進むために、あえて後退しなくてはならないこともありますが、アレックスは自身が真のファイターだということを、何度も示してきました」と現状をポジティブに捉えている。

 現在55歳のザナルディは、幼少期にカートを始め、イタリアF3、国際F3000とステップアップして1991年にジョーダンでF1デビュー。その後、ミナルディ、ロータスとチームを渡り歩き、1996年より米国に渡ってCARTに参戦し、97、98年と2年連続で圧倒的な強さを見せてチャンピオンに輝いた。99年に名門ウィリアムズのオファーを受けてF1に復帰するが、2001年に再びCARTに復帰。しかし、ドイツ・ラウジッツリンクでのレース中に壮絶な事故に遭って両脚を切断、出血多量で生死の境をさまよった。

 しかし、これを乗り切った彼は2年後に再びサーキットに戻り、ツーリングカーレースで活動、2005年には優勝も果たしている。2009年に四輪レースを引退した彼は、今度はハンドサイクルに転向し、ハードトレーニングの末に2012年ロンドン・パラリンピックのイタリア代表となり、2種目で金メダルを獲得。さらに4年後のリオデジャネイロ五輪でも、見事に2度表彰台の中央に立ってみせ、不屈の精神力を持つ「鉄人」として世界中から大きな称賛を浴びた。 2020年に開催予定だった東京五輪への出場にも意欲を示し、同年3月に同大会が1年延期となることが決定した際には、「2020年に向けて準備を進めてきたが、今から全てをやり直す必要がある。しかし、この1年間を楽しみたいと思う。心配する必要はない。(2021年までに)もっと良い準備ができるはずだ」と自信を示していたが、その3か月後に悪夢の事故は起きた。

 6月9日に行なわれたレースで、イタリア・ピエンツァ市の州道を走行中にコントロールを失ったザナルディはトラックに正面衝突。事故後は意識があり、自発呼吸もしていたというが、執刀医によれば、顔面は粉砕され、頭蓋の損傷が激しく、前頭骨も複雑骨折という重篤な状態にあり、脳神経外科手術、顔面の再建手術が4度も施された。

 脳へのダメージを軽減するために、人工的な昏睡状態に置かれる措置が採られた彼は、今年1月に覚醒手術を受けた際、感覚の一部が戻り、家族ともすぐにコミュニケーションが取れたという。

 退院してからはベッドの上よりも車椅子の上にいる時間の方が長いとのことであり、また4つの金メダルを勝ち取ったその両腕は力強さを失っておらず、7月には機器を使ってトレーニングも行なってきた55歳の鉄人。彼の退院を報じたイタリアのスポーツ新聞『Gazzetta dello Sport』は「アレックスは決して諦めなかった。そして1年半後、最高のクリスマスプレゼントがもたらされた」と綴ったが、まさにこれ以上ない喜ばしいニュースである。

構成●THE DIGEST編集部
 

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