NBAの歴代“ベストディフェンダーチーム”を選定!守備も超一流だったジョーダンとともに名を連ねたのは?<DUNKSHOOT>

NBAの歴代“ベストディフェンダーチーム”を選定!守備も超一流だったジョーダンとともに名を連ねたのは?<DUNKSHOOT>

90年代に3連覇を達成したジョーダン(左)、ピッペン(右上)、ロッドマン(右下)のブルズ三銃士はいずれも最高クラスの守備力を誇った。(C)Getty Images

攻守が激しく入れ替わり、近年はハイスコア化が目覚ましいNBAだが、頂点に立つためには守備が不可欠なのは今も昔も変わらない。では現役を含む歴代の全選手を対象に、ポジション別最強ディフェンダーを選出した場合、どういった顔ぶれが並ぶのだろうか。

『THE DIGEST』では、アメリカンスポーツに精通する識者に依頼し、NBAの“ベストディフェンダーチーム”を選んでもらった。

【ポイントガード】
ウォルト・フレイジャー

1945年3月29日生/193cm・91キkg
キャリアスタッツ:825試合、平均18.9点、5.9リバウンド、6.1アシスト、1.9スティール(※キャリア前半の数字は不明)

 最優秀守備選手賞を受賞した唯一のPGは、1995-96シーズンのゲイリー・ペイトンである。当然彼も候補の1人だが、PGで史上最高のディフェンダーとなると、フレイジャーを推したい。

 スティールの技術は「走行中の自動車のタイヤでも盗める」と形容されたほど。相手がどこにパスを出すか正確に読み切って、長い腕を伸ばしてボールを奪い取った。ニューヨーク・ニックスのチームメイトだったビル・ブラッドリーは「スティールしようとしているのが相手にもわかっているのに、それでも決めてしまう。まさに芸術としか言いようがない」と語っている。

 オールディフェンシブチームには制定初年度から7年連続で選出され、すべて1stチーム入り。ゴージャスなファッションに身を包み、ロールスロイスを乗り回すニューヨークのセレブリティでもあった。

 ほかには通算3265スティールで歴代1位のジョン・ストックトン、2684本で同2位のジェイソン・キッド、現役のクリス・ポール(フェニックス・サンズ)も好守で知られる。
 【シューティングガード】
マイケル・ジョーダン

1963年2月17日生/198cm・98kg
キャリアスタッツ:1072試合、平均30.1点、6.2リバウンド、5.3アシスト、2.3スティール、0.8ブロック

「マイケルは、たまたま飛び抜けた攻撃力を持っていたディフェンダーだと思う」

 シカゴ・ブルズ時代の僚友BJ・アームストロングが言っているように、10度の得点王に輝いたジョーダンは、守備も超一流だった。キャリア通算の平均2.35スティールは史上3位。87-88シーズンに最優秀守備選手賞を受賞したほか、同年と90、93年の3度スティール王に輝いた。

 通算2514本もストックトン、キッドに次いで3位。彼の最も有名なプレーのひとつである、98年ファイナル最終戦での“ラストショット”も、直前にカール・マローンからボールを掠め取ったスティールから生み出されたものだった。さらには、ガードでありながら87、88年には年間100ブロック以上を記録してもいる。

 ほかでは、最優秀守備選手賞の初代受賞者で、若手の頃のジョーダンを最も苦しめた選手であるシドニー・モンクリーフや、ジョーダンの好敵手ジョー・デュマース、後継者であるコビー・ブライアントの守備も一級品だった。
 【スモールフォワード】
スコッティ・ピッペン

1965年9月25日生/203cm・95kg
キャリアスタッツ:1178試合、平均16.1点、6.4リバウンド、5.2アシスト、2.0スティール、0.8ブロック

 守備には、攻撃における得点のようなわかりやすい指標がない。スティールやブロック、ディフェンシブ・リバウンドなどである程度判断できても、そうした数字に表われない総合的な能力となると、どうしても私観が入り込む。

 よって「ピッペンとカワイ・レナードでは、どちらがより優れたディフェンダーなのか?」といった、ファンの間で繰り広げられる議論にも明確な結論は出ず、ここではピッペンに軍配を上げた。

 センター以外の4ポジションを守れる万能タイプで、サイズと敏捷性、マッチアップ相手の動きを読むセンスを兼ね備えていた。94-95シーズンは平均2.94スティールでリーグ1位。ガード以外の選手が1位になったのは16年ぶりだった。

 2015、16年に2年連続で最優秀守備選手賞に輝いたレナード以外では、65年のプレーオフで決めた決勝スティールが有名なジョン・ハブリチェック、2000年代スパーズの守備職人ブルース・ボウエン、ここ一番で真価を発揮するレブロン・ジェームズ(ロサンゼルス・レイカーズ)の名も挙がる。
 【パワーフォワード】
ティム・ダンカン

1976年4月25日生/211cm・113kg
キャリアスタッツ:1392試合、平均19.0点、10.8リバウンド、3.0アシスト、0.7スティール、2.2ブロック

 通算1万5091リバウンドは歴代6位、3020ブロックは5位。派手なプレーとは無縁ながら黙々と自分の仕事をこなし、オールディフェンシブチーム選出15回は史上最多を誇る。

 スポーツパーソナリティのニック・ライトは「過去50年ではアキーム・オラジュワンに次ぐディフェンダー」と述べている。データによってもその見解は後押しされ、通算のディフェンシブ・レーティング95.57は史上3位、ディフェンシブ・ウィン・シェアーズは106.3で、ビル・ラッセル(133.6)に次いで2位となっている。

 2003年のファイナル第6戦では、トリプルダブルに加えて8ブロックも記録。優勝を決めた試合での本数としては史上最多タイであった。

 同時代のライバルであるケビン・ガーネットも、ダンカンが受賞していない最優秀守備選手賞を08年に獲得したようにまったくひけをとらない。オールディフェンシブチームに11回選出され、「防衛大臣」のニックネームで呼ばれたボビー・ジョーンズも忘れがたい。
 【センター】
ビル・ラッセル

1934年2月12日生/208cm・98kg
キャリアスタッツ:963試合、平均15.1点、22.5リバウンド、4.3アシスト

 史上最多の通算3880ブロックを記録したアキーム・オラジュワンをはじめ、カリーム・アブドゥル・ジャバー、最優秀守備選手賞に史上最多4回輝いたディケンベ・ムトンボとベン・ウォーレス、同3回のルディ・ゴベア(ユタ・ジャズ)ら、センターには錚々たる顔ぶれが並んでいる。だが、ラッセルこそ最高・最強の守護神であるとの評価は揺るぎない。

 ボストン・セルティックスでの13年間で8連覇を含む11度の優勝を飾った究極の勝利者で、「ディフェンスこそ勝利のカギ」という風潮を生み出した。得意技は、現役時代にはまだ公式記録ではなかったブロックで、限定的なサンプルながら1試合に8~9本決めていたというデータが残っている。

 ヘッドコーチのレッド・アワーバックによれば「ラッセル以前にはブロックをする選手などいなかった」とのことで、まさしく革命的な存在。キャリア平均15.1点の平凡な攻撃力でもMVP5回、ファイナルMVPにもその名を冠されている理由がそこにあった。
 【シックスマン】
デニス・ロッドマン

1961年5月13日生/201cm・95kg
キャリアスタッツ:911試合、平均7.3点、13.1リバウンド、1.8アシスト、0.7スティール、0.6ブロック

 日本でNBA人気が急上昇した1990年代のファンに「守備だけでスターになれる」ことを強烈に意識させた選手。ブルズ時代のPFのイメージが強いが、デトロイト・ピストンズで90、91年に2年連続で最優秀守備選手賞を受賞した頃は、主にSFだった。

 身長201cmながら、シュートの角度などを計算したポジショニングと、ボールを掴むまで絶対に諦めない粘り強さで、92年から7年連続でリバウンド王のタイトルを獲得。リバウンド奪取率ではラッセルやウィルト・チェンバレンをも上回っている。平然とラフプレーをやってのけ、何を考えているかわからない不気味さも相手に恐怖感を与えた。

 そのほかでは2球団で優勝3回のデニス・ジョンソン、 “ショータイム”レイカーズの守備の要マイケル・クーパーは80年代の名手。現役では16-17シーズンに最優秀守備選手賞を受賞し、「俺こそ史上最高のディフェンダー」と言い張るドレイモンド・グリーン(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)も、フロントコート3ポジションを守れる傑出した存在だ。

構成●ダンクシュート編集部

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