バード&マクヘイル――セルティックスに黄金期をもたらした正反対な2人の“埋められない溝”【NBAデュオ列伝|前編】

バード&マクヘイル――セルティックスに黄金期をもたらした正反対な2人の“埋められない溝”【NBAデュオ列伝|前編】

境遇は似ていたものの、内気でバスケに全身全霊を捧げるバード(左)に対し、楽観的で強い向上意欲がなかったマクヘイル(右)と2人の性格は正反対だった。(C)Getty Images

■境遇こそ似ていたが性格は正反対だった2人

 ボストン・セルティックスはNBAにとって特別な存在だ。華やかさ、一般的な人気ではロサンゼルス・レイカーズに一歩譲るとはいえ、伝統の重みという点で、セルティックスを上回るチームはない。

 そのセルティックスの80年代を支えていたのが、ラリー・バードとケビン・マクヘイルのフォワード・コンビだった。この2人にセンターのロバート・パリッシュを加えたフロントラインは、NBA史上最強とも謳われた。

 現役引退後、インディアナ・ペイサーズの球団社長とミネソタ・ティンバーウルブズのヘッドコーチ兼任球団副社長という立場で、バードとマクヘイルは敵味方として戦った。彼らの関係は現役当時から、友人とも、ライバルとも、師弟とも言いがたい、複雑なものだった。

 NBA史上最高のフォワードとして、バードの名を挙げる人は少なくない。インディアナ州大時代から注目を浴び続け、とりわけ79年のNCAAトーナメント決勝戦での、ミシガン州大のマジック・ジョンソンとの対決は全国的な話題となった。

 バードのプレーは、見る者すべてを驚嘆させた。一体どこに目がついているのかと思うほど、アクロバティックかつ正確なパスを繰り出すかと思えば、とんでもない体勢からシュートを放ち、ことごとくリングを射抜いた。一時の隙を突いてスティールを決め、ルーズボールには果敢にダイブした。まさにバスケットボールセンスの塊だった。
  ジャンプ力はあまりなく、足も遅かったが、そうした身体能力の低さをたゆまぬ努力と並外れた精神力の強さでカバーした。「いつだって、最後のシュートを打つのは自分だと思っている」との自負が、彼の支えになっていた。

 セルティックスに入団した80年、バードは平均21.3点、10.4リバウンドの好成績でライバルのマジックを抑え、新人王に輝いた。それはまた、NBAの隆盛期の始まりを告げるものでもあった。

 マクヘイルは、バードより1年遅れてプロ入りした。セルティックスは80年のドラフト1位指名権をゴールデンステイト・ウォリアーズに譲り渡し、パリッシュと3位指名権を獲得。3位で指名したのがミネソタ大のマクヘイルだった。1つのトレードで、将来の殿堂入り選手2人を手に入れたのだ。

 1年目からチーム2位の151ブロックを決めるなど、マクヘイルはディフェンス面で頭角を現わし、81年の優勝に貢献した。特にインサイドでは、攻守ともに抜群の強さを発揮した。

 その秘密は、彼の特異な体型にあった。中にハンガーが入っているのかと錯覚するほど肩幅が広い上、腕が異様なほど長かった。おまけにフットワークも俊敏で、オフェンスではヘッドフェイクで相手を翻弄し、フォールアウェイ・ジャンパーを確実に沈めた。
  パリッシュはマクヘイルを、カリーム・アブドゥル・ジャバー以来最高のインサイドプレーヤーと評し、マジックも「ラリーの動きは止めることができるが、マクヘイルは止められない」と脱帽した。84、85年には2年連続でシックスマン賞を受賞。控えでありながら、マクヘイルはバードに次ぐチームのナンバー2との評価を得るようになった。

 しかし、バードとマクヘイルの関係は、必ずしも良好なものではなかった。バードは一旦コートを離れると、驚くほど内気な男だった。それは彼がインディアナ州フレンチリックという、人口わずか2000人の小さな町で育ったことにも関係している。高校卒業後、名門インディアナ大に進学したものの、3週間余りで退学したのは新しい環境に馴染むことができなかったためだった。バスケットボール以外のことにはほとんど関心を示さず、チーム内でもあまり友人の数は多くなかった。

 マクヘイルが生まれたのも、ミネソタ州ヒビングという小都市だった。フォーク/ロック界のスーパースターであるボブ・ディランの出身地として有名で、フレンチリックほどではないにせよ、中西部の田舎町には変わりなかった。

 生まれた境遇こそ似ていたが、マクヘイルはバードとは対照的な性格だった。セルティックスのチームメイト、セドリック・マックスウェルはマクヘイルを「一言で言えば快楽主義者さ。いつもふざけていて、一緒にいて楽しい男だよ」と表現した。同じく元同僚のダニー・エインジは、親友であるマクヘイルとバードとの関係をこのように説明する。
 「彼らは最高の友人同士ではなかったね。一緒に出かけたりはしなかったし、減多に会話もなかった。何か用があれば、ラリーは僕を呼びつけて『ダニー、ケビンにこう伝えてくれ』って言うんだ。で、ケビンもまた同じようにするのさ」

 性格の違いを別にしても、マクヘイルはバードを苛立たせる存在だった。パードは、マクヘイルが練習や試合で、全力を尽くしていないと感じていたのだ。それは、彼が最も忌み嫌う性質だったのだ。

「才能だけなら、ケビンは私よりはるかに上なんだ。なのにあいつは、それを生かそうとしていない」

 バートは常に、マクヘイルをそのような目で見ていた。もっとも、そう思っていたのはバードだけではなく、バリッシュも同意見だった。

「ケビンは余りにも才能がありすぎるから、全力を出さなくてもそこそこのブレーができるし、それで満足してしまう。常に上を目指しているラリーとは、心がけが違うんだ」

 マクヘイルはバードを尊敬してはいたが、人生観はほとんど正反対だった。

「試合に負けても、地球は回るし陽はまた昇るんだ。それが人生のすべてじゃない」

 これでは、バスケットボールに全身全霊を捧げるバードとうまくいくわけがなかった。反目しあうとはいかないまでも、埋められない溝が2人の間にはあった。(後編に続く)

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2005年5月号掲載原稿に加筆・修正。

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