「ピッペンはレブロンと同じ」ペイトンが現役時代のライバルに言及「周りの選手を向上させたベストプレーヤー」<DUNKSHOOT>

「ピッペンはレブロンと同じ」ペイトンが現役時代のライバルに言及「周りの選手を向上させたベストプレーヤー」<DUNKSHOOT>

1995年のファイナルでブルズと対戦したペイトン(左)が、ピッペン(右)とジョーダンについて語った。(C)Getty Images

シカゴ・ブルズ黄金期の一員だったスコッティ・ピッペンは、2020年4〜5月にドキュメンタリー『ザ・ラストダンス』が放映されて以降、かつての相棒マイケル・ジョーダンとの関係が悪化し、たびたびメディアを賑わせている。そのなかで、殿堂入り選手のゲイリー・ペイトンが現役時代にしのぎを削ったライバルたちについて見解を示している。

 ピッペンはブルズで1991〜93年、96〜98年に2度の3連覇を達成。リーグ屈指のオールラウンダーとして名を馳せ、ジョーダンとのデュオは“史上最高”の呼び声も高い。9年半の共闘し、2010年のピッペンの殿堂入りの際にはジョーダンがプレゼンターを務めるなど、引退後も両者は堅い絆で結ばれているように思われた。
 
 しかし、1997−98シーズンのブルズの優勝を追ったドキュメンタリー『ザ・ラストダンス』が、ジョーダンを英雄のように扱い、自身はチームのことを考えず足首の手術を受けるのを遅らせた“アンセンルフィッシュな男”に描かれたことに、ピッペンが不快感を示した。

 昨年11月に発売した自伝『Unguarded』でも、ピッペンはジョーダンを公然と批判。さまざまなOBや現役選手がコメントするなど、大きな反響を呼んだ。そのなかで、ピッペンとジョーダンについて、新たに意見を述べたのが現役時代に攻撃的ガードとして鳴らしたペイトンだ。
 “バッドボーイズ”の異名を取ったデトロイト・ピストンズのメンバーで、1995−96シーズン途中にブルズへ移籍したジョン・サリーが『VLAD TV』で「ピッペンは私が一緒にプレーした中で最も熟練した選手だった。マイケルはスコッティがあのレベルになるまで、(1人では)勝てなかった」と話したことについてペイトンは、ジョーダン&ピッペンと「一緒にプレーしていない」との理由で「ジョンには同意できない」とし、言葉を続けた。

「ピッペンはゲームを変えたオールラウンドなバスケットボールプレーヤーだった。なぜなら彼はどんな相手でも守れて、得点ができ、アシストもブロックも、何でもこなせた。周りの選手を向上させたベストプレーヤーと言えるだろう。一方でマイケルは、得点とビッグショットを決めることに長けていた。ジョーダンとレブロン(ジェームズ)が比較できないのと一緒だ。なぜなら、レブロンはよりオールラウンドな選手だからね。ピッペンはレブロンと同じと考えていい。おぞらく、ジョンはそういうことを言いたかったのだろう。そうだとすれば、俺も同意見だ」
  1996年のNBAファイナルでブルズと対戦した経験を持つペイトン。当時、自身よりもサイズのあるピッペンに苦しめられたこともあってか、“ピッペンがいてこそのジョーダン”を主張している。

「ピッペンはブルズのために多くのことを変えた。相手のベストプレーヤーを守り、リバウンドやブロックなど、重要なプレーを何度も見せた彼がいなかったら、ブルズはあれだけ勝つことはできなかっただろう。だから、彼は『ザ・ラストダンス』に関してイライラしているんだ。マイケルはサポーティングキャストを務めた選手たちに、十分な評価を与えなかったからね。
  でも、スコッティは殿堂入りを果たし、NBA50周年オールタイムチーム、75周年オールタイムチームに名を連ね、自身の価値を証明した。俺も選手たちも、バスケットボールを知っている人たちも、ピッペンなしではブルズがあれだけの強さを誇るチームではなかったことは分かっている」

 今なお続くピッペンとジョーダンの確執は、どのような結末を迎えるのだろうか。

構成●ダンクシュート編集部

関連記事(外部サイト)