国を追われても信念を貫き、ノーベル平和賞にノミネートされたエネス・カンター“フリーダム”の闘い<DUNKSHOOT>

国を追われても信念を貫き、ノーベル平和賞にノミネートされたエネス・カンター“フリーダム”の闘い<DUNKSHOOT>

はたして今後、フリーダムのキャリアはどのような結末を迎えるのか。(C)Getty Images

今季のトレード・デッドライン前にボストン・セルティックスからヒューストン・ロケッツに放出され、4日後に解雇されて現在FA(フリーエージェント)となっているトルコ人センター、エネス・カンター・フリーダム。その彼が、2022年のノーベル平和賞にノミネートされた。

 同賞へのノミネートは、現職の国家元首、歴史・社会科学・法律・哲学・神学・宗教の大学教授、ノーベル平和賞の受賞者……といった、ノルウェーのノーベル委員会が定めた規定を満たした人物や団体からの推薦であることが条件だ。昨年は、団体・個人合わせて329組がノミネートされ、その中からフィリピン人ジャーナリストのマリア・レッサ氏と、ロシア人ジャーナリストのドミトリー・ムラトフ氏の2人が選ばれた。

 報道によればフリーダムは、ノルウェーの議会からのノミネートだったとのことで、それに答えて彼はツイッターで「ノーベル平和賞の候補に選ばれたことを光栄に思い、謙虚に受け止めています。時には次の給料よりも、身を挺して行動することが大切です」とメッセージを投稿している。
  母国トルコのエルドアン大統領を公に批判するなど、彼の政治的な活動は、すでによく知られている。そのためにトルコパスポートを失った彼は、昨年11月にアメリカ国籍を取得して、苗字も“自由”を意味する“Freedom”に改名した。

 中国共産党の習近平総書記や、国際オリンピック委員会のトーマス・バッハ会長にも堂々と苦言を呈している彼が、現在熱心に取り組んでいるのは、国際社会で問題提起されている、中国による新疆ウイグル自治区でのウイグル民族弾圧の問題だ。

 ウイグル民族はトルコ系の少数民族で、イスラム教徒。スイス生まれだがトルコ人の両親をもつムスリムのフリーダムにとっては、同じルーツを持つ同志でもある。

 ある日ブルックリンで、フリーダムが子どもたちを集めたバスケットボールキャンプを開催した時、子どもの親の1人に「君の同胞が酷い扱いを受けているのに、何も行動を起こさずに君は自分を人権活動家と言えるのか?」と問われたのが、彼がこの件について深く追及するようになったきっかけだったという。
  ワシントンDCのホワイトハウス前で演説を行なったり、試合では“Free UYGHUR”(ウイグルに自由を)というメッセージを描いたシューズを履いたりもした。シューズといえば、チベット自治区の旗をデザインしたシューズを履いたその日から、中国でセルティックスの試合が中継されなくなった、というのは有名な話だ。

 そして彼のこうした言動が、NBAでのキャリアに影響しているという声も上がり、様々な国のジャーナリストが「ビジネス的に中国と友好関係を保ちたいNBAが、フリーダムを排除しようとしている」という主旨の発信をしているのも見受けられる。

 『The Atlantic』のジョージ・パッカー記者によれば、30人のノーベル賞受賞者がセルティックスに対し、フリーダムを支援し、チームにとどめておくよう求める手紙を出していたそうで、またカンター本人も「放出はない」と思っていたとのことだが、冒頭のように彼はトレードされ、そしてNBAから姿を消すことになった。
  カンターは、NBAコミッショナーのアダム・シルバーと面談した時「何を発言するのも君の自由だが、これがビジネスだということは、誰もが知ってのとおりだ」と言われたことを明かしているが、その言葉が身に沁みる結果になったということだ。

 ただ、選手のなかには彼を陰でサポートしている者もけっこういるらしく、ロサンゼルス・レイカーズ戦ではフリースローラインに立った彼に対し「君がやっていることはとても勇気のあることだ。これからも声を上げ続けてくれ」と囁いた選手もいたという。逆に「俺のSNSはフォローしないでくれ」と、関係を断ち切ることを望む選手もいるそうだ。

 一方で、ある球団のGM(ゼネラルマネージャー)は匿名で「 (NBAの)誰かが彼とサインするかどうかはわからない。多分、そうはならないだろう。バスケットボール的にそれは疑問だ。その他のことが問題になるかどうかはわからない。彼の言動が原因で契約を得られないとは思わない。彼は守備ができないし、NBAのゲームは変わってきている。彼のプレーは、実年齢よりずっと年上の選手のようだ」と米メディア『Heavy.com 』にコメントしている。
  2011年のドラフトでユタ・ジャズから1巡目3位を受けてNBAデビューしたフリーダムは、今季までのキャリア11シーズンで5球団を渡り歩き、748試合に出場。平均11.2点、7.8リバウンド、0.9アシストという成績を残している。ただ今季のセルティックスでは出番が激減し、先発出場は1試合のみ、平均11分のプレータイムで3.7点、4.6リバウンドに数字が落ち込んでいた。

 セルティックスでよく指摘されていたの「ピック&ロールでディフェンスができない」という点。そして前述のGMが指摘しているように、昨今はパス回しが上手く、外からのシュートも得意とするビッグマンが多いなか、アシストや3ポイントはほとんど計算できないフリーダムのようなタイプの選手が、プレー的に求められなくなったというのはあるだろう。

 今後の彼のプランは「ギリシャに行って首相と面談すること」だと本人が同国のメディアに語っている。その目的は「押し戻されているトルコ人難民の処遇について話し合うため」とのこと。もはや本業は活動家といった感じだが「その結果次第では、ギリシャでプロとしてプレーする可能性についても話をするつもりだ」とも述べている。
  彼はニューヨーク・ニックス時代にチームメイトだったクロアチア人フォワード、マリオ・ヘゾニャのパナシナイコスへの移籍に絡んでいたと言われているから、すでにクラブとのコネクションもあるのだろう。5月で30歳、引退にはまだ早い。まあしかし、歴史的にトルコと因縁の関係にあるギリシャでプレーする、というのもまた、火に油を注ぎそうな気もするが……。

 祖国では政治犯扱いで、家族とも絶縁状態になり、命の危険に晒されたこともあるというが、彼自身は「人権を訴えたいだけで、政治にはまったく関心がない。このふたつはまったくの別物だ」と語っている。時に過激な発言もあるが、彼のような注目を集められる立場にある人物がオピニオンリーダーとして声を上げるのは、とても勇敢で、意義ある行為だ。

「次は“エネス“フリーエージェント”に改名か?」などというジョークは吹っ飛ばして、今後も我が道を突き進んでほしい。そう思わせてくれる稀有なプレーヤーだ。

文●小川由紀子

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