「オーケストラが奏でるシンフォニーのよう」“ビューティフルバスケ”の生みの親、NBA屈指の名将の飽くなき探究心<DUNKSHOOT>

「オーケストラが奏でるシンフォニーのよう」“ビューティフルバスケ”の生みの親、NBA屈指の名将の飽くなき探究心<DUNKSHOOT>

30年近くスパーズを率い、チームを5度の優勝に導いたポポビッチHCは、多くの選手やコーチに影響を与えている。(C)Getty Images

現地時間3月11日に行なわれたユタ・ジャズ戦に104−102で勝利したサンアントニオ・スパーズのグレッグ・ポポビッチHC(ヘッドコーチ)は、レギュラーシーズン通算1336勝という、歴代最多記録を達成した指揮官となった。

 NBAだけでなく、世界のバスケットボール界から絶大な尊敬を受ける偉大なる名将が、試合後のロッカールームで、シャンパンならぬ、ミネラルウォーターシャワーで選手たちから祝福されて喜ぶ姿は実に微笑ましかった。

 その偉業へのはなむけとして、彼にゆかりのある2人が、フランスの『レキップ』紙で、思い出を語っている。

 まずポポビッチHCの下で、2014年にNBAチャンピオンとなったボリス・ディーオウ、もう1人はフランス代表で2度、(19年のFIBAワールドカップ、21年の東京五輪グループリーグ初戦)、ポポビッチ率いるチームUSAを破っている現フランス代表監督のヴァンサン・コレだ。

 ディーオウは現在、現役最後にプレーしたフランスのメトロポリタン92の会長を務め、コレは同クラブの指揮官も兼任している。かつてフランス代表で師弟関係にあった2人は現在、会長とHCという間柄にあるのだ。
  コレが初めてポポビッチに会ったのは、2012年3月。当時シャーロット・ホーネッツでプレーしていたディーオウが、トニー・パーカー擁するスパーズと対戦した夜だった。コレは、フランス代表のスタッフとともに、2人の視察にサンアントニオを訪れていた。

 試合後、いつもパーカーとの食事の際に利用していたワインバーを訪れると、入り口でポポビッチが彼らを待っていた。そして、「ディーオウとパーカーについて、あなた方はよく知っている。ぜひお話を聞かせていただきたい」と、食事に誘ったという。

 バスケットボール談義に花を咲かせたその夜、ポポビッチはディーオウについて、フランス代表のスタッフ陣にいろいろと尋ねた。

 それから数日後、スパーズはディーオウと契約。コレは、フランスのバスケットボール史上最高の選手であるパーカーを、彼曰く「原石をダイヤモンドに磨き上げてくれたこと」においてポポビッチに借りがある、と語っている。

 そして彼は、フランス代表のプレースタイルにもスパーズのシステムをいくつか採用し、それは現在でも継続しているという。

「それらのシステムでは、選手たちが自分の立ち位置を見つけやすくなり、快適にプレーできるようになった。パーカーはより多く展開の策を見いだせるようになったし、ボリスも、ナンド・デ・コロもスパーズでプレーしていた。スパーズのバスケットボール観、家族的な雰囲気、共に戦う意志を植え付けることは、フランスのバスケットボールにも影響を与えてくれた」(コレ)
  スパーズのバスケットボールを、コレは、「歴史上、最も美しいゲームのひとつ」と絶賛する。「私自身もスパーズのスタイルに大きな価値を見出している、それぞれの選手の資質を生かす共同作業としてのバスケットボール。例えるなら、オーケストラが奏でるシンフォニーのようだ」

 一方でポポビッチも、フランス代表での経験が、パーカーをより他の選手に気を配れる選手に成長させたと、コレに感謝の思いを伝えたそうだ。

 ディーオウも、いかにポポビッチがチームファーストの指揮官だったかを語っている。

「彼はいつも言っていた。『ウチにはレブロン・ジェームズやドゥエイン・ウェイドのような存在はいない。試合に勝てば、それはチームのおかげなんだ』とね」

 ポポビッチはティム・ダンカンのようなスーパースターにも、チームの一員としての献身さを求めた。ワイン好きのポポビッチとは、プライベートでも親交があったというディーオウの記憶に鮮明に残っているのは、スパーズで恒例となっている、試合の後の食事会だという。特に試合に負けた後のディナーは、「物事を考えるきっかけになった」と振り返っている。

「ニューヨーク・ニックスとの試合に負けたあと、イタリアンレストランの地下のテーブルの上座に座ったグレッグは、まるでゴッドファーザーのようだった!」

 マフィアの親分にしぼられているような、重苦しい食事会の雰囲気が想像できるが、一転、14年の最終戦の後は、ビデオセッションで改善点を指摘したかと思ったら、突然スピーカーからジェームス・ブラウンの「I Feel Good」を流してノリノリで踊り出した、というような、ファンキーな一面もあるのだという。
  そして毎日の練習では、ポポビッチは、まず世の中の出来事を話すところから始めるのだそうだ。

「今は間違いなく、ウクライナのことについて話しているはずだ。みんな、彼の考えを知りたいと思う。それこそが彼が偉大な人物である証だ。彼の影響は、次世代のコーチたちにも受け継がれている」

 続けてディーオウは、指揮官としてのポポビッチをこう描写している。

「年々変化しているバスケットボールにおいて、一定のスタイルに固執することなく常にゲームの進化を追い、選手たちに適応しながらもある一定のラインは引いて、自分の考え方ややり方、文化を浸透させていく。そのことに継続性を持たせている」

 これこそが、何かあればすぐに指揮官の首が据え変えられる現在のスポーツ界において、ひとつの球団で26シーズンという長期政権を築いている、彼の哲学なのだろう。

 加えてその人間性。バスケ大国アメリカの指揮官である彼が、国際大会の場で、他国のチームや選手たちに対して見せる敬意や探究心には、いつもこの競技への深い愛情があふれていた。

 彼は欧州で開催されるバスケットボール・ウィズアウトボーダーズにも指導者として積極的に携わり、若い才能の発掘にも貢献してきた。

 バスケットボール界の良心であり、偉大なる父のような存在である彼が、これからもこの世界に、素晴らしい哲学を注入し続けてくれることを祈って。

文●小川由紀子

 

関連記事(外部サイト)