NBAの歴代ベスト“ドラフト3位チーム”を選定!代表格はジョーダン、他ポジションは現役の候補も多数<DUNKSHOOT>

NBAの歴代ベスト“ドラフト3位チーム”を選定!代表格はジョーダン、他ポジションは現役の候補も多数<DUNKSHOOT>

ドラフト3位指名の筆頭はジョーダン(右)。今回は選考外となったが、現役ではドンチッチ(左上)やエンビード&ハーデン(左下)らスター級が並ぶ。(C)Getty Images

1946年に創設されたNBAは、翌47年からドラフト制度を開始させ、時代によってルールを変えながら現在に至っている。

 昨年7月までに計75回のドラフトが行なわれてきたが、年代関係なく指名順位に限定してチームを結成した場合、その顔ぶれはどうなるのか。今回は「ドラフト3位指名」の最強チームを、アメリカンスポーツに精通する識者に選んでもらった。

【ポイントガード】
チャンシー・ビラップス

1976年9月25日生。191cm・92kg
1997年ドラフト3位
キャリアスタッツ:1043試合、平均15.2点、2.9リバウンド、5.4アシスト

 歴代の3位指名リストには、1位指名かと錯覚しそうなほど多くの名選手が居並ぶ。

 ただしPGだけはそれほどでもなく、現役のルカ・ドンチッチ(ダラス・マーベリックス/2018年3位)を選んでもよさそうなくらいだが、さすがに実働年数が短すぎる。アンファニー・“ペニー”・ハーダウェイ(1993年3位)やデロン・ウィリアムズ(2005年3位)も竜頭蛇尾の印象は拭えず、総合的に判断してビラップスをナンバーワンに据えた。

 コロラド大から1997年のドラフト3位でボストン・セルティックスに入団。半年後にトロント・ラプターズへ放出され、その後も数球団を渡り歩いたが、2002−03シーズンに加入したデトロイト・ピストンズで運命が開ける。

 プレーメーカーとしてよりも、“ミスター・ビッグショット”と称された勝負強さと、信頼度の高いディフェンスで評価を高め、04年には優勝に大きく貢献しファイナルMVPも手にした。06年からは5年連続でオールスターに選出。現在はポートランド・トレイルブレイザーズのヘッドコーチを務めている。
 【シューティングガード】
マイケル・ジョーダン

1963年2月17日生。198cm・98kg
1984年ドラフト3位
キャリアスタッツ:1072試合、平均30.1点、6.2リバウンド、5.3アシスト

 2009年ドラフト3位のジェームズ・ハーデン(フィラデルフィア・セブンティシクサーズ)も名選手ではあるけれども、さすがに史上最高の選手の前ではかすんでしまう。

 ノースカロライナ大でも1年生でNCAAトーナメント優勝を決めるシュートを放ったように、ジョーダンはナンバーワン指名でもおかしくない実績を残していた。しかし84年のドラフトで、ヒューストン・ロケッツは地元ヒューストン大のアキーム・オラジュワンを1位指名。2位指名権を持っていたブレイザーズはケンタッキー大のビッグマン、サム・ブーイを選択した。当時のブレイザーズ指揮官、ジャック・ラムジーいわく「マイケルもいい選手なのはわかっていたが、私たちはセンターを必要としていたから迷わずブーイを選んだ」。

 シクサーズからも5位と3位の指名権交換の申し入れがあり、その場合シカゴ・ブルズは5位でチャールズ・バークレーの指名を検討していたという。だが現実にはジョーダンは3位でブルズに指名され、6度の王座をもたらしたのだった。
 【スモールフォワード】
ドミニク・ウィルキンス

1960年1月12日生。203cm・98kg
1982年ドラフト3位
キャリアスタッツ:1074試合、平均24.8点、6.7リバウンド、2.5アシスト

 グラント・ヒル(1994年3位)やカーメロ・アンソニー(ロサンゼルス・レイカーズ/2003年3位)も有力な候補だが、ここではジョーダンのライバル的存在だったウィルキンスを選んだ。

 特にダンカーとしての実力はジョーダンに勝るとも劣らず、85年のスラムダンク・コンテストでは直接対決で優勝。88年の頂上決戦では敗れたが、90年にも2度目の優勝を飾っている。

 もちろん選手としても優秀で、85−86シーズンは平均30.3点で得点王になり、87、88、93年もジョーダンに次いで2位。通算2万6668点は引退時点で史上8位、現在でも16位にランクされている。

 ジョージア大で活躍した後、82年のドラフトではユタ・ジャズに3位で指名されたが入団に難色を示し、2選手+100万ドルとの交換で、大学時代を過ごしたアトランタのホークスへ移籍した。後年になって、ジャズに入っていればジョン・ストックトン、カール・マローンとともに何度か優勝できたかもしれない……と認めつつも、ホークス入りを後悔してはいないと語っている。
 【パワーフォワード】
ケビン・マクヘイル

1957年12月19日生。208cm・95kg
1980年ドラフト3位
キャリアスタッツ:971試合、平均17.9点、7.3リバウンド、1.7アシスト

 1980年のドラフトで、ゴールデンステイト・ウォリアーズは3位指名権とロバート・パリッシュをセルティックスへ差し出し、1位指名権を手に入れた。彼らが選択したジョー・バリー・キャロルが今ひとつだったのに対し、セルティックスが指名したミネソタ大のマクヘイルは、NBA史上最高の75人の1人となった。

 キャリアの半分以上は控え選手として起用され、シックスマン賞にも2度選ばれたが、唯一全試合で先発出場した86−87シーズンは平均26.1点、9.9リバウンド、リーグ1位のフィールドゴール成功率60.4%を記録。一旦ローポストでボールを手にすれば、軟体動物を思わせるムーブを駆使してボールをゴールに放り込んだ。

 守備でも6回オールディフェンシブチームに選出。ともに加入したパリッシュも名センターに成長し、このトレードはセルティックス最大の成功にしてウォリアーズ最大の失敗に数えられている。マクヘイルの1年後、81年に3位指名されたバック・ウィリアムズも、かつてのPFのイメージだった質実剛健さを体現したような好選手だった。
 【センター】
パウ・ガソル

1980年7月6日生。213cm・113kg
2001年ドラフト3位
キャリアスタッツ:1226試合、平均17.0点、9.2リバウンド、3.2アシスト

 いずれはジョエル・エンビード(シクサーズ/2014年3位)が最高の3位指名センターになるかもしれないが、現時点ではまだガソルの実績が上だ。

 母国スペインのプロリーグで腕を磨き、01年のドラフトにエントリー。4位まで大学生が指名されなかった異例のドラフトではホークスに3位指名され、すぐに本拠地をバンクーバーからメンフィスへ移したばかりのグリズリーズへトレードされた。

 02年は平均17.6点、8.9リバウンドの成績で新人王。以後も順調に成長を続け、06年にはオールスターに出場した。07−08シーズン途中にレイカーズへトレードされた際は、のちに自身も名センターになる弟マルクの交渉権が交換要員になっていた。

 LAではコビー・ブライアントのパートナーとして、派手ではなくとも堅実な仕事をこなし09、10年の2連覇に貢献。ダーク・ノビツキーに次ぎ、ヨーロッパ出身選手では2人目の通算2万得点も達成した。06年に日本で開催された世界選手権(現ワールドカップ)では、スペイン代表を金メダルに導いている。
 【シックスマン】
ピート・マラビッチ

1947年6月22日生(88年1月5日没)。196cm・89kg
1970年ドラフト3位
キャリアスタッツ:658試合、平均24.2点、4.2リバウンド、5.4アシスト

 ジェームズ・ハーデンやカーメロ・アンソニーを6番目の選手として選んでもいいが、ここでは「NBA史上最高のショーマン」(アイザイア・トーマス談)である“ピストル・ピート”を取り上げたい。

 誇張でなくコートのどこからでも得点できるシュート力と、味方をも惑わせる奇想天外なパスでファンを楽しませた天才児。ルイジアナ州大では3年間で平均44.2点という異次元の数字を叩き出し、70年の3位指名でホークスに入団すると背番号44を選んだ。

 NBA入り後も活躍は続き、オールスターには5回選出、ニューオーリンズ(現ユタ)・ジャズ在籍時の76−77シーズンは平均31.1点でタイトルを獲得した。翌シーズンにはガードとして当時のリーグ最高記録となる68得点もマーク。

 32歳で引退したこともあり、通算成績は1万5948点/平均24.2点にとどまっているけれども、3ポイントルールが存在し、なおかつ大学1年でプロ入りするのが当たり前の現代にプレーしていたら、はるかに凄い数字を残していたのは間違いない。

文●出野哲也
 

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