【名馬列伝】トウカイテイオー”奇跡の復活劇”。「中364日でのGⅠ勝利」で波乱万丈の現役生活に幕引き【後編】

【名馬列伝】トウカイテイオー”奇跡の復活劇”。「中364日でのGⅠ勝利」で波乱万丈の現役生活に幕引き【後編】

トウカイテイオーが見せた奇跡の復活劇に誰もが胸を打たれた。写真:産経新聞社

幸いにして剥離骨折の程度は軽く、約半年の休養を経たトウカイテイオーは天皇賞・秋GⅠ、東京・芝2000m)で復帰する。陣営が「ぎりぎり間に合った」状態とするなかでもトウカイテイオーのポテンシャルを信じる声はいささかも動じず、単勝はオッズ2.4倍の1番人気に推された。

【関連動画】まさに”奇跡の復活劇”!トウカイテイオーが「中364日でのGⅠ勝利」を挙げた1993年有馬記念のレース映像

 しかし彼は、体調が万全な状態でなかったからか、これまで見せたことがない”行きたがる”面を覗かせ、鞍上との折り合いを欠いてしまう。結果として逃げ馬2頭、メジロパーマーとダイタクヘリオスが作り出した常識外れのハイペースを3番手で追走する事態に陥ったため直線で急激に失速し、7着に大敗。この結果を受けて、メディアやファンの間でも「テイオーの復活は無理かもしれない」という声が、戦前の期待が大きかったがゆえ、その反動として大きくなっていったのだった。

 次いで出走したジャパンカップ(GⅠ、東京・芝2400m)は、欧州年度代表馬となる英国の牝馬ユーザーフレンドリーに加え、英国のダービー馬であるドクターデヴィアスとクエストフォーフェイム、豪州年度代表馬のレッツイロープなどが参戦し、「レース史上最高のメンバー」との声が上るほどで、前戦で不甲斐ない敗戦を喫したトウカイテイオーは単勝オッズ10.0倍の5番人気に甘んじた。
  しかし、テイオーの能力はもちろん、ハートに灯された戦うハートもまだ消えたわけではなかった。

 スムーズなスタートから好位置の4~5番手で鞍上とぴったり折り合って進むと、絶好の手応えで直線へ向き、ぐいぐいと馬群から抜け出して先頭に立つ。そして、そこへ豪州のGⅠ馬ナチュラリズムが迫り、100m近くにわたる火花散る競り合いが繰り広げられた末、最後はトウカイテイオーがライバルをクビ差で退けてゴール。岡部幸雄騎手が珍しく馬上でガッツポーズを見せると、劇的な復活を目にしたフルハウスの観客はさらにヒートアップ。府中の杜はレースが終わってもなかなか消えない熱気が支配し続けた。
  ジャパンカップで復権を果たしたトウカイテイオーは、ファン投票でダントツ1位の後押しを受け、堂々と有馬記念(GⅠ、中山・芝2500m)へと駒を進めた。

 鞍上は、前の週に騎乗停止処分を受けた岡部騎手から、あらたに田原成貴騎手へとスイッチ。陣営からは「絶好調」のコメントまで飛び出して、最終的な単勝オッズは1.3倍の1番人気に推された。

 しかし、この日のテイオーはまったく精彩を欠き、終始後方のまま11着に大敗。彼を目当てに集まったファンは、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 田原騎手は「追い切りのときはよかったが、今日の返し馬では空気が抜けたような状態だった」とコメントし、松元省一調教師はゲートで脚を滑らして臀部の筋肉を痛めたことを敗因に挙げた。しかし、前走比-10キロという体重の減少を含めて、真相は分からず仕舞いだった。

 いずれにしろ、トウカイテイオーは取り戻したばかりの名声をあっけなく手放してしまったことは重い事実であった。
  6歳になった1993年も現役を続行することになったトウカイテイオーは、鹿児島での休養を経て、3月に栗東トレセンへ帰厩。宝塚記念(GⅠ、阪神・芝2200m)を目標にじっくりと調整が積まれていたが、レースの2週間前にまたも左前肢の橈骨(とうこつ)に剥離骨折があったことが判明。治療のため、レースを使えないまま、再度の休養に入った。

 そのため、復帰は前年に悪夢を見た有馬記念まで待たねばならなかった。

 トウカイテイオーは前年から+14キロというふっくらした好馬体で有馬記念への舞台に戻ってきた。

 それでも、実戦から丸1年離れていたわけで、陣営からポジティブなコメントが聞かれることはなかった。

 それは、テイオーが戦列を離れている間にめきめきと力を付けていた菊花賞馬ビワハヤヒデ、ダービー馬ウイニングチケット、ジャパンカップを快勝して臨んできたレガシーワールドの存在を意識してのことでもあった。ファンの意識も同様で、トウカイテイオーは前に挙げた3頭に後れを取り、オッズ9.4倍の単勝4番人気に甘んじた。
  しかしこの日のテイオーが見せた走りは、怪我を含めて順調さを欠いてレース間隔が1年も空いた馬のそれではなかった。

 中団の後ろ目で伸びやかなフットワークを披露しながら気持ちよさそうに追走。2周目の3コーナーから外を通って先団を射程圏に捉えると、余裕さえ感じさせる手応えで直線での攻防に入る。

 かつてテイオーの手綱をとった岡部幸雄騎手が手綱をとるビワハヤヒデが先に抜け出してゴールを目指すが、そこへ豪快な末脚を繰り出して猛追してきたのがトウカイテイオーだった。ぐいぐいと差を詰めて並びかけると、最後は鞍上の叱咤に応えてビワハヤヒデを半馬身差に降して、堂々と先頭でゴールを駆け抜けた。

 この”奇跡の復活劇”に観客は一気に燃え上がり、ウィナーズサークルでインタビューを受けた田原騎手は、「日本競馬の常識を覆したのはトウカイテイオー自身です。彼を誉めてください」とコメントし、その瞳に涙を浮かべた。
  また後日、筆者が取材した際に田原騎手は、「最後はさすがにテイオーも休養明けが堪えてへこたれそうになっていたが、気合をつけると最後まで頑張ってくれた。やはり並の馬にできることではないよ」と感慨深げに語った。

 そして「中364日でのGⅠ勝利」という最長記録は、レースから30年近く経ったいまも破られていない。

 翌年も現役続行が決まったトウカイテイオーだったが、その後も筋肉を痛めたほか、4月には左前肢橈骨に再び骨折を発症。さすがの”奇跡の馬”もターフへ戻ることはできず、現役を引退が決定。翌春から、その優れた能力が高く評価され、北海道・早来町の社台スタリオンステーションで種牡馬入りし、2013年に急性心不全で死亡した。25歳だった。

 思えば、日本ダービーを制して以降のトウカイテイオーは骨折、故障との闘いだった。波乱万丈の現役時代、そこから幾度も立ち上がった不屈の魂と、特異なフットワークから生み出される弾むようなフットワークと爆発力は、いまも往時のファンの記憶に深く刻まれている。

文●三好達彦

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