「正直、パンクさせるべきだったかも」伝説の92年モナコGPをマンセルが回想! 年間王者決定後のセナとの会話も告白

「正直、パンクさせるべきだったかも」伝説の92年モナコGPをマンセルが回想! 年間王者決定後のセナとの会話も告白

F1の伝説的なレースで熾烈な争いを繰り広げたマンセル(左)とセナ(右)。当時もファンの熱狂を呼び起こした展開を当人が振り返っている。(C)Getty Images

F1の長い歴史において、最もエキサイティングだったレースのひとつに挙げられるのが、1992年のモナコ・グランプリだろう。
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 ウィリアムズ・ルノーがアクティブサスペンション、アンチロックブレーキシステム、トラクションコントロールといった“ハイテク”のデバイスを武器に圧倒的な強さを誇り、開幕5連勝を飾って迎えた伝統の市街地レースだ。

 終盤までナイジェル・マンセルが独走しながらも、残り8周でリアタイヤに異常を覚えてピットイン。前に出たアイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)に追って、残り3周でテール・トゥ・ノーズの凄まじいバトルを展開したという伝説の一戦である。

 コース幅の狭さ、セナの巧みなブロック、ホンダエンジンのストレートでの速さにより、圧倒的なスピード差がありながらも、最後まで追い抜くことができなかったマンセル。初のモナコ制覇を土壇場で逃した悔しさは相当なものだったと思われる。

 だが、それでも表彰式では潔くセナをシャンパンシャワーで祝福(その後は疲労困憊で地面に座り込んでしまった)した英国人は、『Beyond The Grid』のポッドキャストで、30年前のスーパーバトルを回想している(オランダのF1専門メディア『RN365』より)。
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「あれはホイールのナットが外れたか、パンクしたかのどちらかであり(※前者が原因と後に判明)、ピットに入るしかなかった」と振り返る英国人は、「現在のルールなら、アイルトンが私を抑え続けることはできなかっただろう。あれは、まるでバスのようだった。私がずっと追い抜こうとして、彼はそのたびにブロックした」とも語り、続けて当時の本当の気持ちを明かした。

「正直に言えば、幾つかのコーナーで彼を強く突っついて、パンクか何かを起こさせるべきだったかもしれない。もし、それでフロントウイングを壊したとしても、そのままフィニッシュラインまで車を走らせることができただろうし、勝てていただろう」

「最後まで接触しなかったことを、とても誇りに思っている。アイルトンをガードレールに突っ込ませなかったことをね。ただ、今になると、違うことも考えてしまう。彼は何度も、それをやっていたからね! いずれにせよ、我々はモナコで、互いにヒットすることなく、どれだけ近づけるかを示した」 フェアな戦いによって、モナコでの勝利を逃したマンセル。だが、その後も彼の圧倒的な強さは変わらず、第11戦ハンガリーGPで初のワールドチャンピオンを決定。このレースで2位入賞を飾った彼は、優勝したセナとの、表彰式でのやりとりも紹介している。
 
「アイルトンは私に振り向いて、言った。『(チャンピオンシップに勝つことが)どれだけ気持ちの良いことか分かっただろ? 僕が“嫌な奴”になるのは、世界で最高の気分を味わうためだ』と」

 マンセルは、「勝つためには手段を択ばないドライバーがいる。とくに一度勝利の味を覚えた者は、勝ち続けるために何でもやる。真のスポーツマンとして正しいやり方で勝つドライバーもいれば、そうじゃない者もいる。彼らには、勝つことだけが重要なんだ」と指摘した。そういった勝利への強い執着や強引な姿勢は、セナだけでなく、彼の後に栄光を掴んだミハエル・シューマッハー、セバスティアン・ヴェッテル、ルイス・ハミルトン、マックス・フェルスタッペンにも共通する部分だと言えよう。

構成●THE DIGEST編集部

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