ウェイド、ピッペン、ガーネットらレジェンド揃い!NBAの歴代ベスト“ドラフト5位チーム”を選定<DUNKSHOOT>

ウェイド、ピッペン、ガーネットらレジェンド揃い!NBAの歴代ベスト“ドラフト5位チーム”を選定<DUNKSHOOT>

歴代のドラフト5位指名には、ウェイド(右)、ピッペン(左上)、ガーネット&アレン(左下)ら多くの名選手が名を連ねる。(C)Getty Images

1946年に創設されたNBAは、翌47年からドラフト制度を開始させ、時代によってルールを変えながら現在に至っている。

 昨年7月までに計75回のドラフトが行なわれてきたが、年代関係なく指名順位に限定してチームを結成した場合、その顔ぶれはどうなるのか。今回は過去4回に続き、「ドラフト5位指名」の最強チームを、アメリカンスポーツに精通する識者に選んでもらった。

【ポイントガード】
ウォルト・フレイジャー

1945年3月29日生。193cm・91kg
1967年ドラフト5位
キャリアスタッツ:825試合、平均18.9点、5.9リバウンド、6.1アシスト

 近年は、ディアロン・フォックス(サクラメント・キングス/2017年)、トレイ・ヤング(アトランタ・ホークス/2018年)、ダリアス・ガーランド(クリーブランド・キャバリアーズ/2019年)と3年連続で優秀なPGが5位で指名されている。だが現時点ではまだ、フレイジャーの域には誰も達していない。

 1967年のドラフト5位で、サザンイリノイ大学からニューヨーク・ニックスに指名され入団。6位でシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)が指名する予定で、事前に契約交渉もしていたのでニックスの指名には驚いたと言う。

 オールディフェンシブ1stチームに7回選ばれた守備の名手で、攻撃でも69−70シーズンから6年連続平均20点以上。ニックスが初優勝を決めた70年ファイナル第7戦では36得点、19アシストの大立ち回りを演じた。派手なファッションに身を包み、ロールスロイスでニューヨークの街を乗り回した伊達男は、引退後はニックス戦の饒舌なブロードキャスターとしても人気を博した。
 【シューティングガード】
ドゥエイン・ウェイド

1982年1月17日生。193cm・100kg
2003年ドラフト5位
キャリアスタッツ:1054試合、平均22.0点、4.7リバウンド、5.4アシスト

 レブロン・ジェームズが1位指名された03年のドラフトで、マーケット大からマイアミ・ヒートに5位指名され入団。1年目からパット・ライリー球団社長の信頼を得て、シャキール・オニールとの交換トレードの話が浮上した際も放出を拒んだほどだった。

 04年にはそのオニールがヒートに加入したがエースの座を譲らず、06年のファイナルでは平均34.7点を奪取。ESPNのアナリスト、ジョン・ホリンジャーが「マイケル・ジョーダンでさえも、ファイナルでこれほど支配的なプレーはできなかった」と驚嘆した大活躍でファイナルMVPを受賞した。

 09年は平均30.2点で得点王、12・13年にもドラフト同期のレブロン、クリス・ボッシュとともに優勝を経験したが、ファンにとってはレブロンではなくウェイドこそが“ミスター・マイアミ”だった。

 5位指名のSGにはほかにもシドニー・モンクリーフ(1979年)、ミッチ・リッチモンド(1988年)、レイ・アレン(1996年)、ヴィンス・カーター(1998年)ら多くの名選手がいる。
 【スモールフォワード】
スコッティ・ピッペン

1965年9月25日生。203cm・95kg
1987年ドラフト5位
キャリアスタッツ:1178試合、平均16.1点、6.4リバウンド、5.2アシスト

 87年に無名のセントラル・アーカンソー大から指名された選手が、“史上最高のナンバー2”と呼ばれる大スターに成長するなど、誰も想像していなかっただろう。

 5位指名権を持っていたのはスーパーソニックスだったが、ピッペンに惚れ込んでいたシカゴ・ブルズのジェリー・クラウスGMがトレードを申し込み、8位のオルデン・ポリニスとの交換が成立。当初は線が細かったが、マイケル・ジョーダンに徹底的に鍛えられ右腕的存在になった。

 攻撃でも守備でも出来ないことは何もなく、とりわけ長い腕を生かした守備ではオールディフェンシブチームに10回選ばれた。ブルズで6回の優勝に貢献したほか、オリンピックでも92年バルセロナ、96年アトランタの両大会で金メダルを獲得。多くの栄誉を手にした一方で、引退後は投資に失敗して多額の財産を失ったり、ジョーダンとの関係も破綻したりと残念な話題が多い。

 ピッペン以外では、77年にフェニックス・サンズから指名されたウォルター・デイビスもSG&SF兼任のスコアラーとして活躍した。
 【パワーフォワード】
チャールズ・バークレー

1963年2月20日生。198cm・114kg
1984年ドラフト5位
キャリアスタッツ:1073試合、平均22.1点、11.7リバウンド、3.9アシスト

 ジョーダンを筆頭に数多くの名選手が指名された84年の5位が、オーバーン大のバークレーだった。

 当初フィラデルフィア・セブンティシクサーズは身長の低さ(公称198cmだが実際は195cmくらい)と太めの体型、そして生意気な性格もベテラン揃いのチームに合わないのでは…と考え、ノースカロライナ大のサム・パーキンスを欲しがっていた。だがパーキンスは直前の4位でダラス・マーベリックスにさらわれ、オーナーのハロルド・カッツが推していたバークレーを獲得した。

 結果は吉と出て、バークレーは身長のハンディキャップをものともせず、リバウンドに得点に大活躍。3年目から11年連続でオールスターに選ばれた。シクサーズの球団首脳と衝突を繰り返した末、92−93シーズンにフェニックス・サンズへトレードされたが、その年にMVPを受賞。バークレーとシクサーズで共闘したボビー・ジョーンズ(1974年)や、近年ではケビン・ラブ(2008年)も5位指名の名PFである。
 【センター】
ケビン・ガーネット

1976年5月19日生。211cm・109kg
1995年ドラフト5位
キャリアスタッツ:1462試合、平均17.8点、10.0リバウンド、3.7アシスト

 歴代の5位指名には、名選手と呼べるほどのセンターはほとんどいない。デマーカス・カズンズ(2010年)、ヨナス・バランチュナス(2011年)がトップクラスとあっては、PFであってもセンターでのプレー経験も豊富なガーネットを回すほうが適切と考える。

 95年にファラガット・アカデミー高校からミネソタ・ティンバーウルブズに5位指名された際は、当時ほとんど例がない高卒でのNBA入りとあって、注目されると同時にギャンブルではないかと不安視もされた。だが結果は大成功。2年目には早くもオールスターに選ばれ、通算では15回選出。04年には平均24.2点、13.9リバウンド、5.0アシスト、2.17ブロックの成績でMVPを受賞した。

 同年から4年連続でリバウンド王となり、ボストン・セルティックスへ移籍した08年には、長く低迷していた名門に22年ぶりの王座をもたらした。その後に続いたコビー・ブライアントやレブロンら、数多くの高卒スター選手の先駆けとして、歴史的にも重要な存在である。
 【シックスマン】
レイ・アレン

1975年7月20日生。196cm・93kg
1996年ドラフト5位
キャリアスタッツ:1300試合、平均18.9点、4.1リバウンド、3.4アシスト

 ウェイドを先発SGに選んだのでシックスマンに回したが、ヒート時代にともに戦ったアレンもリーグ史に名を残すレジェンドだ。

 コネティカット大から96年のドラフト5位でウルブズに指名され、そのままであればガーネットのチームメイトになっていたところ、友人同士でもあったステフォン・マーブリー(4位指名)とのトレードでミルウォーキー・バックスへ。6位指名権を持っていたセルティックスへ行きたがっていた彼にとっては落胆する結果だったが、バックスでオールスターに成長した。

 その後はスーパーソニックスでの活躍を経て、07年に当初の希望だったセルティックスへトレードで移り、同時にウルブズから移籍したガーネットの僚友に。08年にセルティックス、13年はヒートの優勝に大きく貢献した。

 代名詞の3ポイントは通算成功数2973本を誇り、昨年12月にステフィン・カリー(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)に抜かれるまで長くリーグトップに君臨した。ヒート移籍時の感情のもつれから長く絶交状態にあったガーネットとも、最近ようやく和解し、ファンを安心させている。

文●出野哲也

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