「引退したほうがいいのかな」――悩める宇野昌磨がつかんだ悲願の世界王者。背景にあった共に歩んだ名手の存在

「引退したほうがいいのかな」――悩める宇野昌磨がつかんだ悲願の世界王者。背景にあった共に歩んだ名手の存在

現在は、ランビエール氏(左)に師事している宇野(右)。(C)Getty Images/(C)International Skating Union (ISU)

宇野昌磨は満ち満ちていた。

 世界選手権のFS(フリースケーティング)『ボレロ』の最終盤。ダイナミックなメロディに合わせた、力強く複雑なステップシークエンス。体力的にもきついところだが、それを感じさせない充実感に溢れた表情でステップを踏んでいく。どこか清々しさも感じさせた。演技を終えた宇野の目は、生き生きとしている。そして、かみしめるように、うん、うんと頷いた。

 そして宇野は、世界選手権初優勝を決めた。

 振り返ると、激動の数年間だった。平昌五輪銀メダル獲得後の2019年6月には、5歳から指導を受けてきた山田満知子氏、樋口美穂子氏のもとを離れ、コーチなしで新シーズンを迎えた。次第に不振に悩むようになり、「引退したほうがいいのかな」と考えることもあったという。

 そんななか、2019年11月に出場したグランプリシリーズ・フランス大会では、SP(ショートプログラム)、FSとも転倒が続いた。1人で座るFS後のキス&クライでは、涙を見せた。「宇野が……」とスケート界が衝撃を受けたこの大会を、後に本人は「そこが自分の分岐点だった」と話した。

 ここから彼のスケーター人生は、それまでとは大きく変わっていった。

 たとえば、「失敗しても、成績は落ちるけれど、意外と何か終わってしまうというものではないんだな」と気づいたのだという。そして、平昌五輪2位などの過去の結果にとらわれる日々から、抜け出すようになった。

 そしてもうひとつ、この大会後からステファン・ランビエール氏と練習するようになり、ほどなくして正式に師事すると決めた。
 2006年トリノ五輪で銀メダルを手にし、同年の世界選手権で2連覇したランビエール氏は、2007年1月に「自分の内にあった炎がなくなった」と、ヨーロッパ選手権を欠場している。その後気持ちを取り戻して競技に戻るのだが、2008年秋には、故障のために1度目の引退も経験した。

 その後の治療経過が良好だったため、2009年7月に現役復帰。1シーズンを世界トップで戦っている。こうした休養や引退からの復帰後最初の大会(2007年世界選手権FSや2009年ネーベルホルン杯SP)でのランビエール氏は、演技する喜びとパッションに満ち満ちていた。

 そう、ランビエール氏は、スケートへの気持ちが高まらない苦しさと、もう一度と競技に向かうときの思いやその時期の練習などについて、よく知っているコーチでもあったのだ。
  そのランビエール氏のもとで練習することで次第にスケートへの気持ちを取り戻していった宇野は、あるとき、「君が世界一になるには、何が必要だと思う?」と問われたという。「ジャンプ」と答えたが、その問答以上に宇野の胸に響いたものがあった。

 ランビエール氏が、「僕(宇野)が世界一になれる実力を持つことができると信じてくれている」ということだった。問いの向こうにあるコーチのそんな思いに触れ、宇野は、「期待に応えたい」と決意を強くした。

 2021-22シーズンの宇野は「世界のトップレベルで戦える選手になりたい」と口にし、そのためには、FSの『ボレロ』を、4種5つの4回転を入れる高難度ジャンプ構成で行くと決めた。そして、「どんなに失敗しようが打ちのめされようがやりたい。1シーズンを通して成長し、このプログラムをできるレベルになって世界と戦いたい」と、大会のたびに跳び続けた。

 それは、「ここ数年、なかなか成績が出ないなかでも、応援してくださった皆さんだったり、一番自分が何もできていなかったときにお世話になったステファン氏のもとで、素晴らしい成績を残したい」という思いがあったからだ。
  その思いの結実のひとつが、世界選手権でのFS最後のステップシークエンスだろう。よく動き、身体の隅々まで気持ちが満ち満ちていた。実際、9人のジャッジのうち6人が「+5」、3人が「+4」と、かなり高く評価している。

 この大会で宇野は、SP109.63点、FS202.85点、総合312.48点と、3つの自己ベストを更新した。SPもFSも1位の優勝で、今シーズンを終えた。自分を信じてくれるコーチの、その期待に応えたいという思い。人間の根源的な願望や喜びのようなものを支えにした演技。思えばそれは、とても宇野らしいスケートだ。

「やっと僕のフィギュアスケートが、今年また再発進したと思っているので、これからもっと成長を見せられるかなと思っています」

 世界選手権優勝もひとつの通過点として、「自分でもどこにあるかわからない」「もっと成長した先にあると思っている」ゴールにむかって、来シーズンも宇野は、ランビエール氏とともに歩んでいく。

取材・文●長谷川仁美

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