【NBA背番号外伝】ケンプ、レインビアら活躍した選手はビッグマンばかり…「40番」の歴史を振り返る<DUNKSHOOT>

【NBA背番号外伝】ケンプ、レインビアら活躍した選手はビッグマンばかり…「40番」の歴史を振り返る<DUNKSHOOT>

40番の代表格は80〜90年代に活躍したケンプ(右)とレインビア(左上)。現役ではヒートのハズレム(左下)が19年間愛用している。(C)Getty Images

背番号別にNBAの過去〜現在の選手たちをつなげる当企画。今回は「40番」編をお届けする。

■レインビア、ケンプなどビッグマンが多く着用

 これまでNBAとABAの両リーグ合わせて170人が40番を背負ってきたが、目立った活躍を見せた選手はほぼ全員がセンター、あるいはPFという極端な傾向が見られる。

 史上最高の40番には、ビル・レインビア、ショーン・ケンプの2人が挙げられる。ただ、選手としての実力だけならケンプに軍配が上がるだろう。

 89年にシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)に入団したケンプは、抜群の身体能力を生かした迫力満点のダンクの雨(rain)を降らせ、コートを支配(reign)したことから“レインマン"と呼ばれた。クリーブランド・キャバリアーズでの3年間は背番号4だったが、そのほかの年は一貫して40番をつけ続けた。

 一方、存在感や影響力といった点では、史上屈指のヒールと呼ばれるレインビアも引けを取らない。身体能力はケンプの方が断然上だったが、こちらは明晰な頭脳の持ち主で、心理的に相手より優位に立とうと、意図的にラフプレーを仕掛けた。

 屈強な体格を誇り、84、86年にはリーグ最多のリバウンド数を記録。彼なしでは“バッド・ボーイズ”時代のデトロイト・ピストンズの連覇はあり得なかっただろう。レインビアの控えセンターだった背番号53の“ブッダ”ことジェームズ・エドワーズも、インディアナ・ペイサーズとキャブズ在籍時には背番号40で活躍していた。
  40番で永久欠番となっているのは、レインビアとバイロン・ベックの2人のみ。ベックはデンバー・ナゲッツがABAに所属していた時代のセンターで、同リーグで2度オールスターに出場し、77年に球団初の欠番となった。

 このほか、アトランタ・ホークスの40番も事実上の欠番扱いになっているが、これは2005年に現役だったジェイソン・コリアー(彼もまたセンターだった)が28歳で亡くなったのが理由である。

 ナゲッツではベックの控えで背番号10だったマービン・ウェブスターは、77年にソニックスへ移ってから40番に変更し、得意のブロックショットで“ヒューマン・イレイザー(人間消しゴム)"の異名をとった。

 デレク・ディッキーは75年にゴールデンステイト・ウォリアーズが優勝した時のPF。スティーブ・ステパノビッチは、83年のドラフト全体2位でペイサーズに入団し、5年間で平均13.2点とまずまずの活躍を見せたが、ヒザを痛めて27歳の若さで引退を余儀なくされた。

 同じ83年のドラフト組には、ヒューストン大時代にアキーム・オラジュワン、クライド・ドレクスラーらとともにダンク軍団“ファイ・スラマ・ジァマ”を形成したラリー・ミショーもいたが、プロでは大成せず、わずか2年でリーグを去った。
  優秀なリバウンダーだったジェームズ・ドナルドソンは、88年にダラス・マーベリックスでオールスターに出場。デイブ・コージンは、マイケル・ジョーダンが若手だった頃のシカゴ・ブルズの先発センター。マジック・ジョンソンと本名が同じアービン・ジョンソンは、ソニックス時代はケンプがいたため50番だったが、97年のミルウォーキー・バックス入団以降は、引退するまで9年間40番で通した。

 2度のオールスターに選ばれ、キャリアのほとんどを52番で過ごしたブラッド・ミラーも、プロ入り当初のシャーロット・ホーネッツとブルズでは40番。カート・トーマスはキャリア18年間のうち、08年のソニックス時代を除いて40番を通したが、リバウンダーとしての実力以上に、そのリーダーシップが高く評価され、ニューヨーク・ニックスなど9チームを渡り歩いた。

 クロアチア代表としてオリンピックに3度出場し、殿堂入りも果たしたディノ・ラジャは、NBAではボストン・セルティックスで4年間40番を背負い、平均16.7点をあげた。
  現役ではユドニス・ハズレムがマイアミ・ヒート一筋で、1年目から現在まで40番をつけ続けている。41歳の大ベテランは縁の下の力持ちとして、2006、12、13年と3度の優勝を支えた。

 そのほかには、ルーク(元フェニックス・サンズ)、タイラー(元キャブズほか)、コディ(ポートランド・トレイルブレイザーズ)のゼラー3兄弟、イビツァ・ズバッツ(ロサンゼルス・クリッパーズ)など、ビッグマンが多い傾向は今も変わらない。

 ハリソン・バーンズ(サクラメント・キングス)も身長は203cmながら、スモールラインナップのPFを務めている。バーンズの40番は高校の先輩フレッド・ホイバーグ(元ブルズHC)に因むもので、実父ロニー・ハリスの大学時代の番号でもある。

 数少ないガード/スウィングマンの背番号40では、ウィリー・アンダーソン、カルバート・チェイニーらがプロ入り直後に活躍したものの、いずれも竜頭蛇尾。マイク・マギーはショータイム時代のロサンゼルス・レイカーズのスウィングマン。マジック・ジョンソンとは同い年、同じミシガン州の大学出身という縁もあって、引退後はマジック率いるオールスターチームの一員として来日した。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2015年10月号掲載原稿に加筆・修正

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