NBAオールタイム“ヨーロピアンチーム”に入った名手たち。現役は2人、旧ユーゴの国からは5人が選出<DUNKSHOOT>

NBAオールタイム“ヨーロピアンチーム”に入った名手たち。現役は2人、旧ユーゴの国からは5人が選出<DUNKSHOOT>

2000年代以降、欧州選手が一気に増加したNBA。1stチームにはすべて異なる国から精鋭5人が選ばれた。(C)Getty Images

今季のNBAは、1946年の創設から75周年を祝い、“偉大な75人”の選出をはじめ数々の企画を実施している。その一環として4月には、リーグで活躍した欧州プレーヤーのオールタイム1stチームと2ndチームが発表された。

 メンバーはファン投票と、投票権をもつ世界各国のメディア・関係者の投票を50-50の割合で集計して決定。1stチームと2ndチームに選ばれた10人は以下の通りだ。

■1stチーム
ダーク・ノビツキー(ドイツ)
ヤニス・アテトクンボ(ギリシャ)
パウ・ガソル(スペイン)
トニー・パーカー(フランス)
ルカ・ドンチッチ(スロベニア)

■2ndチーム
ニコラ・ヨキッチ(セルビア)
トニ・クーコッチ(クロアチア)
ドラゼン・ペトロビッチ(クロアチア)
ペジャ・ストヤコビッチ(セルビア)
アルビダス・サボニス(リトアニア)

 1stチームはアデトクンボ、ドンチッチと現役選手2人を含む顔ぶれに。ドイツ、ギリシャ、スペイン、フランス、スロベニアと、国籍も色とりどりとなった。ノビツキーとアデトクンボはリーグ公式の75周年記念チームにも選出され、ノビツキーは最も象徴的な時代を築いたヨーロピアン選手にも選ばれている。2ndチームはサボニスを除き、旧ユーゴスラビア出身者が占めた。

 当然ながらすでに功績が知れ渡った名選手ばかりだが、それぞれの経歴をざっと振り返ってみよう。
  1stチームのポイントガード、トニー・パーカーはサンアントニオ・スパーズの黄金期を築いた一員であり、優勝4回、2007年には栄えあるファイナルMVPにも選出された。オールスターにも6回出場し、4度のオールNBAチームにも選ばれている。

 アデトクンボは現役ながら、2013年にデビューしてからすでにオールスターに6回出場と実績十分。2019、20年に2年連続でリーグMVPを受賞、21年にはミルウォーキー・バックスに50年ぶり2度目の栄冠をもたらした。ここ2年間でシーズンMVP、ファイナルMVP、オールスターMVP、最優秀守備選手賞の4冠を獲得している。

 同じく現役のドンチッチは23歳で今回選ばれたなかでは最年少。しかしプロとしてすでに多くのキャリアを重ねており、2018年には弱冠19歳でレアル・マドリーを率いてユーロリーグ制覇。欧州の頂点に立ち、その夏に満を辞してアメリカに渡った。

 同年のドラフトではアトランタ・ホークスから3位で指名を受け、トレイ・ヤングとのトレードでダラスへ。ティーンエイジャーの頃から「神童」と言われていた彼は、NBAでもルーキーイヤーから平均21.2点、7.8リバウンド、6.0アシストと前評判を裏切らない活躍を披露し、新人王に輝いた。
  そのドンチッチとキャリア最後の1年だけ共闘したのが、ダラスの大先輩であるノビツキーだ。21年に及んだNBAのキャリアで、オールスターに14回出場、2007年にリーグMVPに輝いたほか、11年には球団初優勝をもたらした。

 彼は自身が活躍しただけでなく、バスケがそれほど盛んではなかった母国ドイツでこの競技の水準を高めた点でも多大な貢献をしている。その証拠に、現在もオーランド・マジックのフランツとモーのヴァグナー兄弟、ダニエル・タイス(ボストン・セルティックス)、デニス・シュルーダー(ヒューストン・ロケッツ)ら、ドイツ国籍の選手が7人もNBAに所属している。

 ガソルは18年間のNBAキャリアの中で、レイカーズ時代に2度優勝を経験。サイズに頼らず、巧さやIQを生かしたプレーは、ヨーロピアンスタイルのビッグマン像を象徴し、弟のマルクとともに欧州のバスケ大国スペインのプライドをアメリカに印象づけた。

 ドンチッチ同様、すでにスペインのバルセロナでキャリアを確立していた彼は、NBA初年度からスターターに定着して17.6点、8.9リバウンドと主力級の活躍。ドラフト(2001年)でホークスに3位指名されて、トレード先(メンフィス・グリズリーズ)でデビュー、そこで新人王を獲得、という足跡もドンチッチと似通っている。故コビー・ブライアントとの友情も、NBAファンには知られるところだ。
  ここからは2ndチーム。まずはNBAの昨季MVPであるニコラ・ヨキッチ。彼は欧州時代はユーロリーグにも参加していない母国セルビアのクラブ、メガ・バスケットでプレーしていた。

 もっともこのチームは、欧州にその名を轟かせる辣腕エージェントが率いる“ドラフト候補生養成所”的なクラブであり、ヨキッチも19歳だった2014年に、NBAドラフトでデンバー・ナゲッツから41位で指名されてデビューした。

 当時は欧州でも彼の名前はそれほど有名ではなく、「あんなオーバーサイズの選手で大丈夫か?」といった声もスカウトマンたちの間で囁かれたが、子ども時代から知る地元記者やコーチの間では、ずば抜けたビジョンを持っていたヨキッチの成功になんの疑いもなかった。

 ルーキーイヤーは平均10.0点、7.0リバウンド、2.4アシストだったが、7年目の今季は27.1点、13.8リバウンド、7.9アシストとモンスター級の選手に成長。昨季はドラフトで最も低い順位で指名されたMVPとなった。
  クーコッチはマイケル・ジョーダン、スコッティ・ピッペンらとともに3連覇を達成したシカゴ・ブルズ黄金期のシックスマンだ。

 現在のように外国人選手がNBAに多くなかった当時、バスケファンでなくとも知っていたほど世界的なアイコンとなっていたブルズの一員だったクーコッチは、母国クロアチアのファンだけでなく、欧州のバスケファンにとって誇らしい存在だった。

 その彼と同じ時期、ポートランド・トレイルブレイザーズで活躍したビッグマン、アルビダス・サボニスも、欧州選手の評価を高めた先駆者の1人だ。ポイントガード顔負けの鮮やかなパスを繰り出すスタイルは、いまだに絶大な尊敬を勝ち得ている。現在は息子のドマンタスもオールスター選手となり、父のスタイルを受け継いでいる。

 ストヤコビッチは1996年のドラフトでサクラメント・キングスから14位指名を受け、その2年後の98-99シーズンにNBAデビュー。3ポイントシュートはキャリア通算の成功率が4割を超える腕利きで、オールスターの3ポイントコンテストでは2002、03年に連覇を飾っている。11年にはマブズでノビツキーとともにタイトルを獲得し、引退後は15年から5年間、古巣のキングスのフロントでアシスタントGMなどのポストを務めた。
  ペトロビッチはNBAでプレーしたのはわずか4年だが、28歳で交通事故により他界したこともあり、伝説的な存在としていまだに根強い人気を誇る。しかしそれだけでなく、彼の創造性にあふれたプレースタイルこそがなんとも魅力的だった。

 自身も名シューターとして知られたレジー・ミラーは、ペトロビッチを自身が見たなかで最高のシューターだと称している。背番号3はニュージャージー(ブルックリン)・ネッツの永久欠番だ。

 それにしても、両チーム合わせて10人のうちの半分、5人が旧ユーゴスラビアの選手というのはさすがかつてのバスケ大国といったところだ。ちなみに昨季のユーロリーグMVPはアナドル・エフェスのガード、ヴァシリエ・ミチッチで、彼もヨキッチと同じセルビア人。つまり2021年は、世界最高峰のNBAと、世界2位と言われるユーロリーグの両方のMVPがセルビア人だった。

 バスケットボールだけでなくサッカーや水球など、球技全般に優れている理由はなんなのか?と、バスケコーチをしているセルビア人の旧友に尋ねたことがあるのだが、「我々はお金がないから、特殊な器具や施設を使う個人スポーツには向かない。だから昔からボールひとつでみんなでやれるチームスポーツが盛んになったのだ」と言っていた。

 たしかに一理あるが、それに加えてこの地域の人たちは語学の才能にも長けており、独特の器用さや勘の良さがあるように思う。

 ともあれ、栄えある75周年記念のオールタイム欧州チーム。納得のメンバーという印象だが、皆さんは「自分ならこの人を推したい!」という選手はいただろうか。

文●小川由紀子

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