衝撃の死から28年――。偉大なるドライバー、セナに魅了された人々と遺族が立ち上げたビッグプロジェクト【現地発】

衝撃の死から28年――。偉大なるドライバー、セナに魅了された人々と遺族が立ち上げたビッグプロジェクト【現地発】

圧倒的なカリスマで、万人に愛されたセナ。彼の存在は、今もなお多くの人々に影響をもたらしている。(C)Getty Images

アイルトン・セナが亡くなってから28年――。しかしいまだ偉大なドライバーを慕う人々は世界にたくさんいる。たとえば、彼の亡くなったイタリアのイモラには、少なくとも3つのセナのモニュメントが存在。ひとつはサーキットの中に、ひとつは博物館、そして個人の家の中にある。そうして人々はいろいろな形でセナへの想いを表現しようとしているのだ。

 各国にセナを想う人がいるなかで、イタリア人のマッテオ・マキャベリは熱烈なファンの筆頭格と言える。同氏はセナの生きざまに感銘を受け、その姿を追うようになった。

「彼は私のヒーローであり、魔法のような存在だった」

 だからこそセナの死は衝撃であった。

「セナのいないF1はF1ではない」というマキャベリ氏は、死後もセナと共にあり、ついにはその名を永遠にするための「Senna Now」というプロジェクトを創設。芸術作品の数々を作ると決意した。

 栄えある第一弾には、「セナの創造性と人間性を表現するものを作りたい」としたマキャベリ氏は何年も前から構想を練った。そしてついに行きついたのが、セナの生きざまを本物のマシンに描くアートカーだった。
【画像】セナの伝説の数々が刻まれた前代未聞のデザイン! 「Senna Now」の特別仕様車をチェック
 実現には2人の人物の協力が不可欠だった。

 一人目はイタリア人のジャンルーカ・トラモンティ氏。彼は世界に名だたるF1コレクターだった。膨大なコレクションの中には実際にレースで使われたマシンはもちろん、レーシングスーツ、ヘルメット、トロフィー、車の部品まである。

 彼はセナが亡くなった当時は、10歳にもなっていなかったが、それでもセナの爽快な走りの虜になった人間だった。だからこそ、彼はマキャベリ氏のアイデアに賛同し、自分のコレクションの中のマシンを気軽に寄贈した。手渡したのは、90年代にサーキットを実際に走っていたマクラーレン車で、金額にして45万ドルは下らないという。

 そして、二人目の協力者は、有名なストリートアーティストで、フランス人のジズバル氏だった。彼はセナという名前を聞いただけで、報酬なしでこの仕事を請け負った。

 彼は言う。「セナが走るのを見たことがない人たちにもセナを感じてほしい」と。 マキャベリの愛、トラモンティのマシン、ジズバルの芸術性が合わさって「Senna Now」の最初の作品が生まれた。

 車体の右側は3つにわかれ、セナが所属していたチーム、後方はウィリアムズ、中央はロータス、前方はマクラーレンのデザインが描かれている。3チームが一つのマシンに集結するなど前代未聞の話。まさに唯一無二の作品となった。

 これもセナ・マジックのひとつだろう。もちろん3チームの承諾を得ている。左側はすべてセナへのオマージュを込めたポップアートになっており、トロフィー、ブラジル国旗、ヘルメット姿のセナの顔もある。ジズバルはタイヤやハンドルにまでも入念にアートを施し、「彼の最高傑作のひとつだ」と言っている。

 そして、何よりも、この豪華なオマージュ作品の実現に欠かせなかったのが、セナの遺族だった。彼らは偉大なるレーサーの死後では、初めてセナの名前や肖像権の使用を許可したのだ。

 それには、ある理由があった。
 セナのアートカーは、4月末のエミリア・ロマーニャGPの間はイモラのサーキットのまさにセナが亡くなったタンブレッロに飾られ、その後年末まではアイルトン・セナミュージアムにも展示される。その間にマイアミGPやモナコGPの会場でも展示され、ヴェネツィアのビエンナーレの美術展にも出品される予定となっている。

 そして、今年の年末にはオークションにかけられるのだが、このオークションで発生した収益の一部はイタリアのNPOに贈られる一方で、ほとんどはアイルトン・セナ財団に寄贈される。

 セナは生前に公にすることはなかったが、慈善活動に多額の寄付をしていた。その意思を家族が受け継いで作られたのがこの財団であり、通常は恵まれないブラジルの子どもたちの支援を主にしている。だが、今回はロシアの軍事侵攻の被害を受けるウクライナの子どもたちへも支援されるというのだ。だからこそ、セナの遺族はあらゆる許諾を認可した。

 今後も「Senna Now」の活動は続くという。28年にしてこの豪華さだ。30年という節目の年になったらどんな作品ができるのか。気になるところである。

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。
 

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