攻守万能を誇ったジョーダン、ペイトン、オラジュワン…NBA歴代“ベスト2ウェイチームを選定!<DUNKSHOOT>

攻守万能を誇ったジョーダン、ペイトン、オラジュワン…NBA歴代“ベスト2ウェイチームを選定!<DUNKSHOOT>

世界最高のリーグで、さらに攻守どちらでもトップレベルを誇った選手たち。ポジション別のベスト5とは。(C)Getty Images

バスケットボールにおいて、オフェンスだけでなくディフェンスでも一線級の役割をこなす選手は“2ウェイプレーヤー”と称される。NBAでも長い歴史の中で、攻守万能の2ウェイプレーヤーが数多く存在してきた。

 今回『THE DIGEST』では、アメリカンスポーツに精通する識者に依頼し、NBA歴代の全選手を対象としたポジション別“ベスト2ウェイチーム”を選んでもらった。

【ポイントガード】
ゲイリー・ペイトン

1968年7月23日生。193cm・82kg
キャリアスタッツ:1335試合、平均16.3点、3.9リバウンド、6.7アシスト、1.83スティール
主な賞歴:最優秀守備選手賞、スティール王、オールNBAチーム(9回)、オールディフェンシブチーム(9回)

 1983年に創設された最優秀守備選手賞をPGとして初めて受賞(96年)したのがペイトンだ。オールディフェンシブチームにも94〜2002年に9年連続、すべて1stチームで選出されている。

 ニックネームの”グローブ”は、相手選手を封じ込める様を、野球のボールをグラブで捕える様子にたとえたものだ。スティール王は96年の1度だけでも、通算2445本は引退時点で歴代3位(現在5位)。肉体的にも精神的にもタフな男で、96年にファイナルでシカゴ・ブルズと対戦した際も、マイケル・ジョーダンとマッチアップした試合ではフィールドゴール成功率を30%台に抑えた。

 この守備力だけでも殿堂級だが、攻撃でも平均20点以上を7回。当初は不得意だったアウトサイドシュートも徐々に改善され、99−00シーズンにはリーグ最多となる177本の3ポイントを決めた。

 ペイトン以外では70年代のニューヨーク・ニックスで活躍したウォルト・フレイジャー、そして現役のクリス・ポール(フェニックス・サンズ)らも攻守に優れたPGとして知られる。
 【シューティングガード】
マイケル・ジョーダン

1963年2月17日生。198cm・98kg
キャリアスタッツ:1072試合、平均30.1点、6.2リバウンド、5.3アシスト、2.35スティール
主な賞歴:MVP(5回)、最優秀守備選手賞、得点王(10回)、スティール王(3回)、オールNBAチーム(11回)、オールディフェンシブチーム(9回)

 最優秀守備選手賞の受賞者で、得点王にもなったのはデイビッド・ロビンソン(92年受賞、94年得点王)と、87−88シーズンにダブルタイトルを成し遂げたジョーダンの2人だけだ。この年は平均35.0点、3.16スティールともにリーグトップ。得点王には史上最多の10回(全盛期に2年近く引退していたにも拘わらず)輝いた。

 キャリア通算の平均得点も歴代No.1という最強スコアラーのイメージが鮮烈すぎるが、狂気じみた競争心の強さは、ディフェンスでも存分に発揮された。88、90、93年の3回スティール王となり、またガードとしてはただ1人の年間200スティール&100ブロックを、87・88年に2年続けて達成した。98年ファイナル第6戦における、伝説の“ラスト・ショット”を導いたのも、カール・マローン(ユタ・ジャズ)の背後からボールを叩き落とした自身のスティールだった。

 その系譜を受け継いだコビー・ブライアントも、オールディフェンシブ1stチームにはジョーダンと同数の9回選ばれているが、最優秀守備選手賞の投票では3位が最上位だった。
 【スモールフォワード】
カワイ・レナード

1991年6月29日生。201cm・102kg
キャリアスタッツ:576試合、平均19.2点、6.4リバウンド、2.9アシスト、1.76スティール
主な賞歴:最優秀守備選手賞(2回)、スティール王、オールNBAチーム(5回)、オールディフェンシブチーム(7回)

 SFの2ウェイプレーヤーと言えば、まず思い浮かぶのはスコッティ・ピッペン。だが守備面は史上有数でも、攻撃ではジョーダンに次ぐ二番手のイメージだ。

 その点、レナードはトロント・ラプターズでの2018−19シーズンに平均26.6点、ロサンゼルス・クリッパーズに加わった19−20シーズンに27.1点を記録。ピッペンが無縁だった最優秀守備選手賞も、15・16年に2年続けて手にしている。

 最初に入団したサンアントニオ・スパーズでディフェンスを徹底的に磨き、マイアミ・ヒートと対戦した14年のファイナルではレブロン・ジェームスに対峙しつつ平均17.8点をあげてファイナルMVPを受賞。身長の割に手が非常に大きく、翌14−15シーズンはリーグ1位の平均2.31スティールを奪い、初めてオールディフェンシブ1stチーム入りした。

 当初は攻撃面ではさほど目立たなかったが、毎年得点のレパートリーを増やしていき、ラプターズ時代の19年はポストシーズンで平均30.5点。史上3人目となる2球団でのファイナルMVPに輝いた。
 【パワーフォワード】
ケビン・ガーネット

1976年5月19日生。211cm・109kg
キャリアスタッツ:1462試合、平均17.8点、10.0リバウンド、3.7アシスト、1.27スティール、1.39ブロック
主な賞歴:MVP、最優秀守備選手賞、リバウンド王(4回)、オールNBAチーム(9回)、オールディフェンシブチーム(12回)

 史上最強のPFと言われるティム・ダンカンとガーネットは同い年。背の高さもポジションも同じで、生涯成績も似通った数字だ。

 しかしダンカンはスタッツリーダーになったことが一度もないのに対し、ガーネットは2004年から4年連続リバウンド王になっており、また08年にはダンカンが無縁だった最優秀守備選手賞にも輝いている。

 まず頭角を現わしたのは攻撃面で、高卒4年目の98−99シーズンに平均20点を突破。以後9年連続20点以上をあげ、自己ベストの24.2点を残した03−04シーズンはMVPを受賞した。

 初めてオールディフェンシブチーム入りしたのは99−00シーズンで、以後6年連続で1stチーム選出。その後2年は2ndチームだったが、07−08シーズンにミネソタ・ティンバーウルブズからボストン・セルティックスへ移籍し、1stチームへ返り咲く。エーススコアラーの座からは降りた代わりに、気迫を前面に出した鬼気迫るディフェンスで名門に22年ぶりの優勝をもたらした。
 【センター】
アキーム・オラジュワン

1963年1月21日生。213cm・116kg
キャリアスタッツ:1238試合、平均21.8点、11.1リバウンド、2.5アシスト、1.75スティール、3.09ブロック
主な賞歴:MVP、最優秀守備選手賞(2回)、リバウンド王(2回)、ブロック王(3回)、オールNBAチーム(12回)、オールディフェンシブチーム(9回)

 攻守両面でトップクラスだったセンターとしては、通算得点1位でありオールディフェンシブチーム11回選出のカリーム・アブドゥル・ジャバーも捨てがたい。しかし守備面でのインパクトの強さはオラジュワンのほうが上だろう。

 とりわけ88−89シーズンには213スティール、282ブロックでリーグ史上唯一の200−200を達成。通算3830ブロックは史上1位、2162スティールも9位であり、センターでは2番目に多いデイビッド・ロビンソンを774本も上回っている。

 もちろん攻撃力も最強レベル。その巨体からは想像もつかないほど俊敏なフットワークは“ドリーム・シェイク”と呼ばれ、マッチアップするセンターたちを翻弄した。ルーキーシーズンから13年連続平均20点以上、95年のポストシーズンでは平均33.0点の大暴れで、2年連続のファイナルMVPにも選ばれた。ヒューストン・ロケッツ時代のチームメイト、ロバート・オリーはこのように言っている。「マイケル・ジョーダンが恐れた唯一の男、それがオラジュワンだ」。
 【シックスマン】
ジョン・ハブリチェック

1940年4月8日生(2019年4月15日没)。196cm・92kg
キャリアスタッツ:1270試合、平均20.8点、6.3リバウンド、4.8アシスト
主な賞歴:オールNBAチーム(11回)、オールディフェンシブチーム(8回)

 コビー、ダンカン、ジャバーら各ポジションで外した好選手を選んでもいいけれども、最も初期の代表的なシックスマンとして、セルティックスの黄金時代を支えたハブリチェックをピックアップした。

 62年に入団後、最初の7年間は主にベンチ出場でありながらプレータイムは先発メンバー並み。「彼ほどコンディションを常に万全にしていた選手はいない」(ヘッドコーチのレッド・アワーバック)というプロ意識の高さで、先発定着後の71・72年には2年続けて平均45分以上出場、71年はリーグ2位の28.9点を稼いだ。

 バスケットボールIQの塊で、それが最も発揮されたのが65年のカンファレンス決勝(当時はディビジョン決勝)第7戦。1点リードの最終盤、相手チームのインバウンズパスを掠め取り、ファイナル進出を決定づけたスティールはNBA史上最高の名場面のひとつである。オールディフェンシブチームには計8回選出。69年から制定された同賞が若手の頃から存在していたら、あと数回は確実に選ばれていたはずだ。

文●出野哲也
 

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