「彼はカメレオンだ」欧州で6か国7クラブを渡り歩き、NBAの優勝請負人となったPJ・タッカーの“這い上がり”の歴史<DUNKSHOOT>

いよいよカンファレンス・ファイナルが幕を開けた。マイアミ・ヒートとボストン・セルティックスが対戦するイーストでは、まずはヒートが先手を取った。

 この試合では、大黒柱のジミー・バトラーが41得点の大活躍を見せたが、今季のヒートで欠かせない働きをしている重要なメンバーが、 チーム最多の83試合(レギュラーシーズン70試合+プレーオフ13試合)に先発出場しているPJ・タッカーだ。

 今月で37歳になったNBA11年目のタッカーの今季のスタッツは、平均7.6点、5.5リバウンド、2.1アシストと、数字だけ見れば凡庸かもしれない。しかし、実際の貢献度はそうした数字で語れるものではない、などと言うまでもなく、彼はすでに世のバスケファンから絶大な評価を勝ち得ている。

「タッカーを表現するなら“ウィナー”だ」と称したのは、ヒートのエリック・スポールストラHC(ヘッドコーチ)だ。
 「しかも彼はそれをコートの両エンドでやってのける。彼のヴァーサタリティー(万能性)は素晴らしい。人は彼を“ディフェンダー&コーナー3ポイントシューター”だと見ているかもしれないが、彼はそれよりはるかに多くのことをやってくれている。

 オフェンスではより多くのポゼッションをゲットし、彼のポストプレーのおかげでテンポをコントロールできる。バム(アデバヨ)がファウルトラブルのときには5番(センター)をやってくれるし、3番(SF)、4番(PF)、またはガードにだってシフトできてしまう。彼はカメレオンだ」

 トレイ・ヤングを9得点に抑えたアトランタ・ホークスとのプレーオフ1回戦第4戦の後、ヒートの指揮官は手放しでタッカーを称賛した。

 実際、チームスポーツにおいて、ヴァーサタイル=多才な選手というのは非常に貴重な存在であり、指揮官にとってはチームにいたら実に頼もしい存在だ。

 ミルウォーキー・バックスに所属していた昨プレーオフのカンファレンス準決勝で、ブルックリン・ネッツのエース、ケビン・デュラントを苦しめたタッカーの猛烈なディフェンスを記憶している人も多いだろう。
  相手の得点源を封じ、オフェンスでは3ポイントシュートを決められる、そんな選手を「3&D」と呼び、タッカーもその筆頭に挙げられているが、それはこの世界で生き抜くために懸命にもがいた結果ついてきたものだと、本人は以前のインタビューで話している。

「若い頃に、『僕がやりたいのはディフェンスです!』という選手は多くない。みんなオフェンスをやりたがるものさ。でも自分はもともとディフェンスはできた方だったから、これを自分の武器にしようと思った。それから外のシュート磨いたんだ」

 ヒューストン・ロケッツ時代に確立した、コーナースリーの名手の称号。これは、ジェームズ・ハーデン(フィラデルフィア・76ers)やクリス・ポール(フェニックス・サンズ)にスペースを与えるための策だったという。

 タッカーは2006年のドラフトでトロント・ラプターズから全体35位で指名され、1位指名のアンドレア・バルニャーニとともに同球団からデビュー。しかしルーキーイヤーは17試合、時間にして83分しかコートに立てずに終わった。
  彼は即座に新天地を目指し、イスラエルに渡ることを決めたが、この決断は、人々の予想に反して「ものすごく簡単なこと」だったという。「成長したい気持ちの一心で、そのためには何よりプレータイムが欲しかったから、思い返してもベストな決断だった」と当時を振り返っている。

 その後は5年間で6か国7クラブ(イスラエル、ウクライナ、ギリシャ、イタリア、プエルトリコ、ドイツ)を渡り歩くジャーニーマンとなるのだが、環境やプレースタイルの違いに順応するのもまったく苦痛ではなかったというから、スポールストラHCの言葉通り、彼は根っからのカメレオン体質であるようだ。

 イスラエルとドイツでは国内タイトルを獲得。MVPにも選出と、リーグを代表する選手となったが、この経験が彼を大きく成長させた。

 欧州クラブに招かれるアメリカ人、とりわけNBA経験のある選手は、入団後は即戦力として絶大なインパクトを与えることを期待される。タッカーが欧州に渡った15年前は、今よりアメリカ人選手は格段に少なかったから、注目度も期待度も現在とは比べ物にならないくらいに大きかっただろう。

 戦術の上でもアイソレーションされることが多く、自ら得点し、勝利という結果を出すという責任を負ってプレーすること、そしてチームをコートの内外で引っ張るというリーダーシップを、タッカーはこの欧州時代に学んだ。
  とりわけ彼に大きな影響を与えたのは、ドイツのブローゼ・バスケットで指導を受けたクリス・フレミングHCだった。現在シカゴ・ブルズでアシスタントコーチを務めるフレミングは、入団後すぐに当時26歳のタッカーをリーダーに任命した。

「クリスの下で、自分は真のリーダーになるとはどういうことかを学んだ。コート上で常に最高のパフォーマンスを発揮するだけでなく、チームメイト1人ひとりと最高の関係を築くこと。それが今、NBAで役立っている。ここでの経験は、リーダーとしての役割を果たすことを身につける上で、本当に役立った」

 2012年の夏、サマーリーグを経てフェニックス・サンズとの契約を勝ち得たタッカーは、ここでNBAに定着。その後は古巣ラプターズを経て、ロケッツではカンファレンス・ファイナルを経験、そして昨季はバックスでタイトル獲得した。今季もヒートの不動のスターターとして戦う、今や優勝請負人的存在だ。

 スポールストラHCはこんなコメントをしている。
 「私は、PJ・タッカーのハイライト映像を作って、毎年ルーキーオリエンテーションで見せるべきだと思うほどだ。10代の若い選手たちは、自分なりのビジョンを持っているし、NBAに入るとはどういうことかを教えられるが、それはたいてい数字や、いかに認められるか、何点取れるか、何本シュートを打てるかということだ。

 しかし現実的にNBAでプレーすることとは、体力を消耗し、目には見えない泥仕事をこなし、それに満足できるかということなんだ。タック(タッカー)はそのすべてを備えている。彼は我々にぴったりだ。我々は彼の仕事を敬愛している。それは勝利に直結するものであり、それが最も重要なことなのだ」

 タッカー自身も、この言葉に共鳴するように自らの仕事に誇りを持っている。

「ビッグプレーが成功する裏には、たくさんの細かいプレーがある。それらがあってようやくビッグプレーが実現するんだ。自分はそういう、誰からも称賛されないような小さいファインプレーに絡むのが好きなのさ」

 しかしチームメイトは、彼のそんな小さなファインプレーを見過ごしてはいない。ヴィクター・オラディポは「彼は完全なチームプレイヤー。勝利のためにはどんなことだってやってくれる。そんな選手はそうそういるものじゃない。彼が味方の選手で本当によかったよ」と語っている。

 そんな仲間からの言葉こそが、タッカーにとっては何よりの賛辞に違いない。今後のプレーオフでも、存分にハッスルプレーを見せてくれることだろう。

文●小川由紀子

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