魔裟斗がまさかの悔し涙。日本人の期待を打ち砕いたアルバート・クラウスがWORLD MAXで見せた“頂”【K-1名戦士列伝】

魔裟斗がまさかの悔し涙。日本人の期待を打ち砕いたアルバート・クラウスがWORLD MAXで見せた“頂”【K-1名戦士列伝】

渾身のパンチで魔裟斗(右)を打ち倒したクラウス(左)。このオランダが生んだ猛者の存在はトーナメントを劇的なものに変えた。写真:産経新聞社

1990年代から2000年代初頭、日本では現在を上回るほどの“格闘技ブーム”があった。リードしたのは、立ち技イベント「K-1」。その個性豊かなファイターたちの魅力を振り返る。

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 世界の頂点は、高いからこそ目指しがいがある。K-1の闘いは、常にそのことを示していた。

 日本のエースだった佐竹雅昭が準決勝でKO負けを喫したヘビー級の第1回トーナメントからそうだった。勝ったのは当時の日本では無名のブランコ・シカティック(クロアチア)。彼は決勝でもアーネスト・ホースト(オランダ)を倒して優勝。その名を列島に轟かせた。

 世界にはまだまだ強い選手がいて、K-1にはとんでもないファイターたちが集まってくる。それによって観る者は高みに挑む日本人に感情移入しやすくなっていた。2002年にスタートした中量級のK-1 WORLD MAXも、まったく同じような形で人々は魅了されていった。

 K-1中量級のエースは魔裟斗だった。フジテレビのワールドGP、日本テレビのK-1 JAPANに続いてTBSで放送される新イベントが始まったのは、この稀代のカリスマがいたからこそだ。

 幕開けとなる日本トーナメントでは、魔裟斗がライバルの小比類巻貴之を下して優勝。期待通りの結果と言ってよかった。だが、世界トーナメントではまさかの準決勝敗退。悔し涙を流すことになる。この大会で魔裟斗に立ちはだかったのはアルバート・クラウス(オランダ)。数多の名戦士たちを生んだ「格闘技王国」オランダの猛者だった。
  今のようにインターネットが発達していない時代、前情報はさほどなかった。ただプロフィール写真を見ると前腕部の太さが目立っていた。

「こういうタイプはパンチ、とくにフック系が強い」

 そんな話を聞いていた筆者も大会のパンフレットの紹介記事にパンチへの期待を込めた記憶がある。そして他でもないパンチが日本のエース、そして世界に猛威を振るった。

 魔裟斗との準決勝は左ストレートでダウンを奪って判定勝ち(3-0)を収めた。これで勢いに乗ったクラウスは、決勝でガオラン・カウイチット(タイ)をKOする。この時のガオランはムエタイのトップ選手であり、優勝候補の筆頭と見られていた。準決勝では小比類巻をヒザ蹴りで圧倒、ノックアウトしていた。

 そのガオランがKO負け。しかもわずか1ラウンド。衝撃的な結末だった。フィニッシュとなったのはボディーへの連打からの右フック。予想は現実になった。いや、予想以上の強さだった。「魔裟斗の優勝」という開催国・日本のファンが期待する結果にはならなかった。ただ、クラウスに敗れた魔裟斗がリングで流した涙が、K-1 MAXのドラマ性をより濃いものにしたのは間違いない。
  クラウスは強く、魔裟斗でも勝てない選手だった。だからこそK-1 MAXの優勝への道のりは見応えのあるものになった。この年、ワンマッチでの再戦はドロー。歓喜の瞬間はおあずけとなった。

 そんな魔裟斗がクラウスにリベンジを果たしたのは翌年の世界トーナメント決勝戦だ。待たされたからこそ、最高の勝利だった。その後もK-1 MAXの中心選手として活躍し続けたクラウス。彼の強さが、MAXに“世界の頂点”をもたらした。

文●橋本宗洋

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