【名馬列伝】坂路で鍛え上げられた“逃げ馬”ミホノブルボン。デビュー戦は致命的な出遅れも10頭以上を一気に――[前編]

【名馬列伝】坂路で鍛え上げられた“逃げ馬”ミホノブルボン。デビュー戦は致命的な出遅れも10頭以上を一気に――[前編]

坂路調教で鍛え上げられたミホノブルボン。無敗で日本ダービーを制する強さを見せた。写真:産経新聞社

1985年、JRAの栗東トレーニング・センターに画期的な調教場が造られた。傾斜を付けた路面にウッドチップを敷き詰めた「坂路(コース)」である。

 JRAのオフィシャルサイトでは、『平坦なコースと比較してスピードが遅くても運動負荷をかけることができ、脚にかかる負担を減らすことができるのがメリットの一つ。坂路コースでの反復調教を繰り返すことで、心肺機能や後肢の鍛錬になる』と説明されている。
【名馬列伝】代替種牡馬から生まれた稀代の優駿キタサンブラック。鍛え抜かれたタフさでG1レース7勝の王者に<前編> しかし、いまではファンにもその効用が知られるようになった坂路であるが、造られた直後はこのコースでの調教を採用する調教師はとても少なかった。多くが故障の可能性を怖れたからである。

 しかし進取の気性に富み、以前からハードトレーニングで鳴らしていた戸山為雄調教師はコースのオープン当初から管理馬を積極的に坂路コースへ入れた。なかでもスタミナがあると見た馬は数回走らせるスパルタぶりも見せた。

 しかし、それですぐに結果が出たわけではなかった。戸山が「強くなった馬はいたけれど、逆にやりすぎて(馬を)壊してしまったこともある」とのちに述懐するなど、坂路コースの使い方については試行錯誤を繰り返しながら効果的な方法を探るような状態でのチャレンジだったという。

 そうした年月を過ごすなかで、3本登らせてもバテず、4本もの調教をこなせる桁違いにタフな馬に出会った。のちに「坂路の申し子」と呼ばれるミホノブルボンである。

「(母の)初仔は体が強く出る(生まれる)」という信念のもとに、初仔を探して牧場を見て回っていた戸山の眼鏡にかなったことから、㈱美浦商事に勧めてオーナーになってもらったのである。

 いまでは「ミホノブルボン=逃げ馬」というイメージが強いが、彼は最初から逃げ馬だったわけではない。

 1991年9月の新馬戦(中京・芝1000m)でデビューしたミホノブルボンは大きく出遅れて、1000m戦では致命的ともいえるビハインドを背負ったが、第3コーナーから追い上げつつ直線へ向くと、外から目の覚めるような末脚を繰り出して一気に10頭以上を交わしてゴール。走破タイムは従来の2歳コースレコードを更新し、とくに上がり3ハロンで記録した33秒1という当時としては驚異的なタイムに記者席はざわめいたという。

 2戦目は東京の500万下(芝1600m)戦に臨んだが、ここでのミホノブルボンはきれいに折り合って2番手を進むと、直線ではあっさりと逃げ馬を交わし、鞍上の小島貞博騎手に少し気合を付けられただけで2着に6馬身もの差を付けて圧勝した。
  続いて臨んだのは初の重賞、なおかつGⅠ戦となる朝日杯3歳ステークス(中山・芝1600m/現名称「朝日杯フューチュリティステークス」)となった前走の圧倒的な勝ちっぷりから単勝オッズ1.5倍の圧倒的な1番人気に推された。しかし一気に相手が強化されたここでは、前2戦のようにラクなレースはできなかった。
 
 2番手追走から抜け出したミホノブルボンだが、それをマークするように進んだヤマニンミラクルに激しく迫られ、馬体を併せるようなかたちでゴール。写真判定に持ち込まれたが、ミホノブルボンがハナ差で勝利を収めていた。彼が見せた、ヤマニンミラクルに抜かせないという”根性”が引き寄せた勝利だったが、彼のスピードに絶対的な自信を持っていた戸山は、行く気を抑えて2番手を進んだ小島騎手に怒りを表したというエピソードもある。

 ともあれ、3戦3勝のGⅠウィナーとなったミホノブルボンはJRA賞最優秀2歳馬に選出され、翌年のクラシック戦線へ堂々と乗り込んでいく。

 翌92年のクラシックを迎えるにあたって、ミホノブルボンはある論争の種となった。それは”距離延長への対応力”である。

 父マグニテュードはアイルランドから輸入された種牡馬だが、日本で送り出した産駒の多くは短距離を活躍の場としていた。

 それに加えて、ミホノブルボン自身がデビューの1000m戦をレコード勝ちしていることや、1600mの朝日杯が僅差での勝利だったことから、スタミナよりスピードが優った短距離向きのタイプだと見られたことによる。

 戸山も距離延長に対する不安を隠そうとはしなかったが、一方で坂路を4本、ときには5本も駆け上がらせる厳しいトレーニングを課せば克服できるものだと考えてもいた。
<※後編に続く>

文●三好達彦
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