【名馬列伝】「普通の牝馬じゃない、牡馬にも勝てる馬だ」名調教師を驚愕させたエアグルーヴ、“ぶっつけ”オークスで度肝を抜く強さ<前編>

【名馬列伝】「普通の牝馬じゃない、牡馬にも勝てる馬だ」名調教師を驚愕させたエアグルーヴ、“ぶっつけ”オークスで度肝を抜く強さ<前編>

牝馬では圧倒的な強さを発揮したエアグルーヴ。牡馬相手にも互角以上のレースを展開した。写真:産経新聞社

2010年のアパパネ、サンテミリオンの同着優勝という日本のGⅠ史上唯一というレアケースが起こったために影が薄くなってしまったが、それまでレース史上に残る大接戦と呼ばれていたのが1983年のオークス(GⅠ、東京・芝2400m)である。
【動画】牝馬エアグルーヴが全馬のトップに立つ! 97年天皇賞・秋をプレーバック 28頭が出走して行なわれたこの年のオークスは、ゴール前で5頭がずらりと横一戦に並ぶ激戦となり、そのすべてが同タイムで決勝戦を通過。長い写真判定の末に示された1~5着の着差は、それぞれ「ハナ・アタマ・ハナ・アタマ」だったことからも、その凄まじさが分かるだろう。

 この伝説的なレースを際どく制したのが社台ファーム生産のノーザンテースト産駒で、前年のJRA賞で最優秀2歳牝馬となったダイナカールである。

 その後、重賞勝利を挙げることはできなかったが、3歳牝馬の身で臨んだ1983年の有馬記念では小差の4着に食い込んで、牡馬と互角に勝負できる可能性を垣間見せている。

 そのダイナカールは1985年に引退して繁殖生活に入り、父に凱旋門賞馬トニービンを迎えて生まれた4番仔が本稿の主役、エアグルーヴである。

 調教師の伊藤雄二は、幼駒が生まれるとできるだけ早くその姿を自分の目で見て、そこから受けるファーストインプレッションを大事にしていた。

 社台ファーム早来(現在のノーザンファーム)からの連絡を受けた伊藤は、翌朝すぐに北海道へ飛び、前日に生まれたばかりの1頭の牝馬が放牧場を走る姿をじっと見つめていた。そして、その利発な表情やしなやかな身のこなしから「これは凄い馬になる」と強いインパクトを感じ、自分の厩舎で育てることを決意。”エア”の冠号で知られ、ダービー馬ラッキールーラーなどを持ったことがある馬主の吉原貞敏に所有してもらうことになった(のちに息子の吉原毎文に移譲)。

 伊藤の予感は当たり、のちにエアグルーヴと名付けられるこの牝馬は、日本競馬史上に残る活躍を見せることになる。
  1995年の札幌でデビューしたエアグルーヴはデビューの新馬戦(芝1200m)こそ2着に取りこぼしたものの、続く2戦目の新馬戦(芝1200m)では2着のダイワテキサスに5馬身もの差をつけて圧勝した。

 いったん休養をはさんで次に出走したのは、オープンのいちょうステークス(東京・芝1600m)。ここでのパフォーマンスが、同日に行われる天皇賞・秋のために来場した満場の観衆を驚かせることになる。
  最後の直線の半ばあたりで前を塞がれ、鞍上の武豊騎手が手綱を引いて立ち上がるほどの大きな不利を受けたエアグルーヴだったが、態勢を立て直すと一気に末脚を爆発させて差し切り勝ちを収めてしまったのである。

「これは普通の牝馬じゃない、牡馬にも勝てる馬だ」

 マックスビューティ(牝馬クラシック二冠)、シャダイカグラ(桜花賞)、ダイイチルビー(安田記念、スプリンターズステークス)など、数々の名牝を育て、”牝馬の伊藤”とまで呼ばれた伯楽をしてそう評さしめたのが、いちょうステークスで見せたエアグルーヴの驚異的な能力とハートの強さだった。

 続く阪神3歳牝馬ステークス(GⅠ、阪神・芝1600m/現「阪神ジュベナイルフィリーズ」)はやや仕掛けが遅れてビワハイジの2着に敗れたが、それでも彼女はこの年度のJRA賞で最優秀3歳牝馬(現「2歳牝馬」)に選ばれた。

 翌1996年はチューリップ賞(GⅢ、阪神・芝1600m)から始動すると、2着のビワハイジを5馬身も突き放して楽勝し、前年末のリベンジを果たした。

 これで桜花賞を取るのは間違いない、と思われたエアグルーヴだったが、チューリップ賞ののちに微熱を出したことから、桜花賞を回避することになる。無理をすれば使えなくもない状態だったが、先々を見据えていた伊藤とオーナーの吉原は潔くそう決断したのだという。

 熱発明けで”ぶっつけ”でのオークス参戦となったエアグルーヴだったが、桜花賞馬ファイトガリバーなどを抑えて単勝1番人気に推され、あらためてファンの評価の高さを示した。

 そしてレースはファンの厚い支持に応える、圧倒的な内容となった。

 中団の前目を進んだエアグルーヴは第3コーナーから徐々に位置を押し上げ、直線でスパートに入ると一気に先頭へと躍り出て、後方から追い込んだファイトガリバーに1馬身半差をつけて、母ダイナカールも先頭で駆け抜けたゴールをラクな手応えのまま走り抜けた。これはオークス史上2例目となる母娘制覇であった。

 エアグルーヴはゆっくりと休養を取り、秋華賞(GⅠ、京都・芝2000m)にも”ぶっつけ”での参戦となったが、意に反して10着に大敗。レース後に右前肢の骨折が判明し、長期休養に入ることになる。
<前編・了>

文●三好達彦
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