【名馬列伝】奥深き血統的背景を持つスペシャルウィークが、武豊に悲願の称号を贈るまで<前編>

【名馬列伝】奥深き血統的背景を持つスペシャルウィークが、武豊に悲願の称号を贈るまで<前編>

スペシャルウィークが制した98年の日本ダービー。写真:産経新聞社

武豊に初めてダービー・ジョッキーの称号を贈った馬。

 1990年代後半の競馬界をリードした1頭、スペシャルウィークに冠せられることが多いこのキャッチフレーズだが、彼はその枠に収まり切らない、奥深い血統的背景やストーリー性を持った馬だった。

 父のサンデーサイレンスについては、もはや説明を必要としないだろう。現役時代にはケンタッキー・ダービー、ブリーダーズ・カップ・クラシックなど米国でG1を6勝する活躍を見せ、日本で種牡馬入りしてからはあらゆる記録を塗り替え、ディープインパクトなど名馬を多数送り出したスーパー・サイアーである。
 
 一方、母方の血統に目を移すと、代々大切に育てられてきた、日本の馬産における有数の名牝系とされる”シラオキ系”に連なっている。

 シラオキは、三冠馬セントライトを生産したことなどで知られる名門、小岩井農場(岩手県)で戦後すぐの1946年に生まれた。競走成績としては、勝利を収めた重賞こそ函館記念の一つだけだったが、優駿競走(日本ダービー)で2着、皐月賞で5着、優駿牝馬(オークス)で3着と、牡牝の垣根を越える活躍を見せ、48戦9勝の成績を残して51年に現役を引退する。

 繁殖入りしてから数年は不受胎や流産を繰り返したシラオキだったが、1957年に第2仔となる牡駒を産む。これが素晴らしいスピードをもって皐月賞、日本ダービー、宝塚記念を制し、「超特急」のニックネームで呼ばれた名馬コダマであった。

 また翌年58年の産駒シンツバメも皐月賞を制するなど、一気に評価を高めたシラオキは、その後の産んだ牝駒が繁殖馬として次々に活躍馬を出していき、“シラオキ系”と呼ばれるほどに枝葉を広げていく。

“シラオキ系”に連なる代表的な馬を挙げると、日本ダービーなどGⅠレースを7勝したウオッカを頂点に、マチカネフクキタル(菊花賞)、シスタートウショウ(桜花賞)など、様々なタイプの名馬を輩出している。

 スペシャルウィークの母系は、4代母にシラオキを持つ古風な血統と言えるもので、純然たるアメリカ血統のサンデーサイレンスとの配合から名馬が生まれたことから、あたらめて“日本の在来血統”が注目を集めるきっかけとなった。

 サンデーサイレンスの仔を受胎したキャンペンガールは、その後たびたび疝痛(腹部の痛み)を起こすなど、体調を崩しがちだった。なかなか収まらないため検査をしたところ、腸の一部が壊死していることが判明し、出産はおろか、自身の命さえ危険な状態だと診断される。牧場のスタッフは注意深く彼女を見守っていたが、出産間近になって激しい疝痛を起こしたため、促進剤の投与によってようやく出産に漕ぎ付けた。幸いにして生まれた仔、のちのスペシャルウィークは健康だったが、体力を消耗していたキャンペンガールからの授乳は叶わず、牧場に乳母として重種(ばん馬)が手配され、その乳によって育つことになる。そして母キャンペンガールは、出産からわずか5日後に命を落とした。
  ダンスパートナーでオークス、エリザベス女王杯を制するなど、すでにサンデーサイレンス産駒で実績を残していたトレーナー、白井寿昭に預託されたスペシャルウィークは、1997年11月の新馬戦(阪神・芝1600m)でデビュー。降雨で稍重になるタフなコンディションのなか、先団からのスムーズな差し切りで快勝すると、手綱をとった武豊は「かなり将来性が高い馬」とコメントし、早くも大きな期待を寄せられる存在となった。
  2戦目は年明けの白梅賞(500万下、京都・芝1600m)ハナ差の2着で取りこぼしたものの、次戦は強気に重賞のきさらぎ賞(GⅢ、京都・芝1800m)に挑戦。ここで2着のボールドエンペラーに3馬身半差を付ける圧勝を遂げると、続く弥生賞(GⅡ、中山・芝2000m)では、セイウンスカイ、キングヘイローというライバルたちを破って快勝。一気に”クラシック候補”一番手の座へ駆け上がった。

 一冠目の皐月賞(GⅠ、中山・芝2000m)。単勝オッズ1.8倍とダントツの1番人気に推されたスペシャルウィークだが、想像以上の苦戦を強いられる。

 というのも、前週まで設定されていた移動柵(仮柵)の位置が2頭が通れるぐらいの幅で内へと移され、インコースにまったく傷んでいない“グリーンベルト”が出現。そこを通った先行馬に有利な馬場となっていたからだ。

 人気のセイウンスカイとキングヘイローがインコースの2、3番手を進むなか、大外の18番枠から出たスペシャルウィークは後方追走を余儀なくされる。1000mの通過が60秒4という平均ペースで進み、それも先行馬に味方する。そして直線でセイウンスカイとキングヘイローが激しく競り合うところへスペシャルウィークも猛追したが、2頭の後塵を拝して3着に敗れてしまった。

 しかし、そうした馬場状態が影響していたことを理解していたファンはスペシャルウィークを信じ、迎えた日本ダービー(GⅠ、東京・芝2400m)でも単勝オッズ2.0倍の1番人気に推した。
  そしてレースは彼の独壇場になった。

 キングヘイローが引っ掛かってハイペースで逃げ、セイウンスカイが2番手に付けると、好スタートを切ったスペシャルウィークは中団に待機。キングヘイローがハイペースを刻んだため、理想的なポジションとなった。
  そして迎えた直線。キングヘイローがずるずると後退し、セイウンスカイが粘ろうとするが、馬群の外目から爆発的な末脚を繰り出したスペシャルウィークがそれを余裕の手応えで交わし去ると、あとは独走状態。2着に追い込んできたボールドエンペラーに5馬身差を付けてゴールへ飛び込み、武豊騎手は何度も馬上でガッツポーズをして喜びをかみしめた。

 レース後、10度目の挑戦でついにダービー・ジョッキーの仲間入りを果たした武豊は、
「ダービーを勝つことは子どもの頃からの夢だったので、本当に嬉しい」
 と相好を崩した。

 実はこのレースで、冷静さをもって知られる武豊は珍しいミスを犯していた。直線の半ばでステッキ(ムチ)を落としてしまい、持った手綱の余った部分をムチ替わりに使って馬を追っていたという。

 日本ダービーがいかに特別な存在であるかが分かるエピソードである。

【動画】1998年 日本ダービー(JRA公式YouTube)

 スペシャルウィークはその後、秋の京都新聞杯(GⅡ、京都・芝2200m)を勝って菊花賞(GⅠ、京都・芝3000m)に臨んだが、セイウンスカイの乾坤一擲の逃げの前に屈して2着に敗れる。続いて、騎乗停止中の武豊に替わって岡部幸雄が手綱をとって出走したジャパンカップ(GⅠ、東京・芝2400m)でも、エルコンドルパサー、エアグルーヴに次ぐ3着として、3歳のシーズンを終えた。
(文中敬称略/前編・了)

文●三好達彦
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