【名馬列伝】大一番で魅せた華麗なる逃走劇! マヤノトップガン、常識外れの年13戦で年度代表馬に駆け上がるまで<前編>

【名馬列伝】大一番で魅せた華麗なる逃走劇! マヤノトップガン、常識外れの年13戦で年度代表馬に駆け上がるまで<前編>

デビュー年に13戦を走り切り、菊花賞と有馬記念を制して年度代表馬に駆け上がったマヤノトップガン。年末の大一番では見事な逃走劇を完遂してみせた。写真:産経新聞社

この2022年の夏、映画『トップガン マーヴェリック』がヒットしている。

 これは、アメリカ海軍戦闘機兵器学校の略称をタイトルにいただき、1986年に公開された『トップガン』の、36年ぶりとなる続編である。

 そして、そのヒット映画から名付けられた1頭の栗毛馬が1995年にデビューする。GⅠレース4勝を挙げた名馬、マヤノトップガンである。

【動画】マヤノトップガンがGⅠ初制覇を果たした菊花賞! 鞍上・田原成貴の投げキッスも話題に マヤノトップガンは、三冠馬ナリタブライアンなど数々の名馬を出したブライアンズタイムを父に持ち、北海道・浦河町にある川上悦夫の牧場で生まれた。

 栗東トレーニング・センターの坂口正大厩舎に預託されたが、足元にソエ(幼駒に見られる脚部の炎症)が見られたため、デビューは3歳の春にずれ込んだ。

 初戦は1995年の1月、京都の新馬戦(ダート1200m)だった。ダート戦が選ばれたのは、まだソエが収まり切っていないため、芝より脚への負担が少ないほうを選択したためである。

 ここで単勝オッズ1.7倍の圧倒的な支持を受けたデビュー戦だったが、直線で伸びを欠いて5着に敗れる。

 足元の状態を勘案しながら、ダートの1200m戦を使い続けられたマヤノトップガンだが、その後も3着、3着と連敗。ようやく初勝利を挙げたのは3月末の未勝利戦(京都・ダート1200m)だった。

 なおもソエの影響はあったものの、小康状態にあったマヤノトップガンは押せ押せでレースに使われる。ダートの1200m戦で3着を2回重ねたあと、初めて距離を延ばした5月末の500万下(中京・ダート1700m)で2着に7馬身差を付けて圧勝。ようやく素質の片鱗を見せたものの、春のクラシック戦線とは無縁なままだった。

 使い詰めのローテーションのなかでも音を上げないマヤノトップガンを見て、調教師の坂口はついに芝への挑戦を決断する。

 ロイヤル香港ジョッキークラブトロフィー(900万下、中京・芝2000m)を第4コーナーで先頭に立つ積極的な競馬で僅差の3着として上々のレースを見せると、次走のやまゆりステークス(900万下、中京・芝2000m)では先行・差し切りで鮮やかな勝利を収めた。

 1月8日のデビューから半年のあいだに9戦というハードなローテーションをこなしたマヤノトップガンは、菊花賞(GⅠ、京都・芝3000m)制覇という秋への大望を抱きながら短い夏休みに入る。
  復帰戦は約2カ月ぶりのレースとなる神戸新聞杯(GⅡ、京都・芝2000m)。2番手で直線へ向いて、タニノクリエイトに差されたものの、クビ差の2着に健闘。菊花賞への優先出走権を確保するとともに、重賞で互角に戦えるポテンシャルの高さをアピールした。

 続いてはもう一つの菊花賞トライアル、京都新聞杯(GⅡ、京都・芝2200m)へ出走。このレースでは控えて中団から進むと、先に抜け出したナリタキングオーに鋭い末脚で迫り、またもクビ差の2着に食い込んで、脚質の自在性という新味も見せた。
  順調なステップを踏んで、秋の最大目標である菊花賞に臨むことになったマヤノトップガン。

 この年は春のクラシックで活躍した2頭、皐月賞を制したジェニュインは距離適性を考えて天皇賞・秋(GⅠ、東京・芝2000m)へ進み、ダービー馬のタヤスツヨシは京都新聞杯と神戸新聞杯でそれぞれ5着、7着に敗れて不調をかこっていた。

 そのため単勝人気では、オークスを制したあとフランスへ遠征していたダンスパートナーが推され、2番人気は京都新聞杯を勝ったナリタキングオーとなった。トライアルの2レースでともに2着となったマヤノトップガンはそれに続く3番人気の評価を受けてレースを迎えた。

 サンデーウェルやマイネルブリッジが先行するなか、マヤノトップガンはそれらを前に見る4番手という好位置を得ると、コンビを組み続けている鞍上の田原成貴とピタリと折り合ってレースを進める。

 そして彼が動いたのが2周目の第3コーナー。じわじわとポジションを挙げながら直線の入り口で先頭に立つと、後続の様子を見ながらラストスパートに入る。そして道中で溜め込んだパワーを一気に解き放ち、追い込んだトウカイパレスに1馬身半の差を付けて圧勝。走破タイムの3分04秒4は、1994年にナリタブライアンがつくったレースレコードを0秒2更新する優秀さ。マヤノトップガンと“鬼才”田原成貴のコンビががっちりと組み合わさってたぐり寄せた勝利だった。

 ちなみに、ゴールの際に田原が見せた十字を切って投げキッスをするという派手なパフォーマンスは、名馬ラムタラの馬上でランフランコ・デットーリがした仕草を真似たものである。
  デビューからここまで12戦と、現在の常識では考えられない過酷な戦歴を重ねたマヤノトップガン。それゆえ陣営はこのあと休養させることも考慮していたが、彼は調教でさほど疲れた様子を感じさせないタフネスぶりを見せたため、年末の大一番、有馬記念(GⅠ、中山・芝2500m)への出走を決断する。
  ここには、当時”女傑”の異名をとったヒシアマゾン、故障明けの今秋は不調が続いていたものの、実績では断然のナリタブライアン、天皇賞・秋(GⅠ、東京・芝2000m)を制したサクラチトセオーらが顔を揃えたため、使い詰めのローテーションも不安要素として捉えられたマヤノトップガンの評価は6番人気に過ぎなかった。

 しかしここで、手綱をとる田原が思い切った策に出る。典型的な逃げ馬が不在であるメンバー構成を見て、好スタートからトップに躍り出て逃げを打ったのである。

 レースは田原の読みどおりにスローペースで進み、十分な手応えを残したまま直線へ向いた。

 そして坂下でゴーサインを受けたマヤノトップガンは持ち前のスタミナを活かして末脚を伸ばすと、追いすがろうとするタイキブリザードやサクラチトセオーをまったく問題にしない逃走劇を完遂。田原はここでもゴールの際に菊花賞と同じパフォーマンスを披露し、詰めかけたファンを大いに沸かせた。

 1年で13走という常識外れなステップを踏みながら一気に頂点まで駆け上がってしまったマヤノトップガンはこの年のJRA賞で年度代表馬に輝いたのだった。
<文中敬称略/前編・了>

文●三好達彦
【動画】「鮮やかに逃げ切った!」マヤノトップガンが魅せた逃走劇、95年有馬記念

【名馬列伝】“日本競馬最強の2歳馬”の快進撃!グラスワンダーが見せつけた外国産馬のハイレベルな能力<前編>

【名馬列伝】ついに満場の祝福を受けたライスシャワー、しかし―― 最後の2走に刻まれた「勝利と死」のコントラスト<後編>

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?