25歳でプロ入りしたロッドマン、30歳でMVPのナッシュ……NBA歴代“遅咲きチーム”を選定!<DUNKSHOOT>

25歳でプロ入りしたロッドマン、30歳でMVPのナッシュ……NBA歴代“遅咲きチーム”を選定!<DUNKSHOOT>

25歳でNBA入りしたロッドマン(左)をはじめ、遅咲きの選手たちをピックアップした。(C)Getty Images

NBA選手のキャリアは、身体能力が充実している20代前半に台頭し、経験も備えた20代後半にピークを迎える、そしてそこから徐々に下り坂になっていくというパターンが一般的だ。ただ、すべての選手がそのセオリーは当てはまるわけではない。
 
『THE DIGEST』の当シリーズでは、これまで様々なカテゴリー別にベスト5を選出してきたが、今回は20代後半、もしくは30代に入ってからキャリアの全盛期を迎えた“遅咲きプレーヤー”のベスト5を紹介する。

【ポイントガード】
スティーブ・ナッシュ

1974年2月7日生。191cm・88kg
キャリアスタッツ:1217試合、平均14.3点、3.0リバウンド、8.5アシスト

 PGは身体能力以上に視野の広さや技術、経験などが重要視される。チャンシー・ビラップス(元ピストンズほか)やカイル・ラウリー(マイアミ・ヒート)もピークを迎えたのは30歳前後で、それはナッシュも同様だった。

 1996年のドラフト15位でフェニックス・サンズに入団(当時22歳)したものの、最初の2年は控え。ダラス・マーベリックス移籍後に先発へ昇格し、27歳で迎えた2001−02シーズンに初めてオールスターに選ばれた。

 しかしながらこれはまだ序章に過ぎず、30歳になった04−05シーズンにサンズへ復帰するとリーグ最多の平均11.5アシスト。以後3年連続、通算では5回のアシスト王に輝いただけでなく、正確無比のシュート力を武器に05、06年は2年連続でMVPを受賞。NBAのオフェンススタイルを変えるきっかけになった選手として、歴史に名を残した。
 【シューティングガード】
JJ・レディック

1984年6月24日生。191cm・91kg
キャリアスタッツ:940試合、平均12.8点、2.0リバウンド、2.0アシスト

 シックスマン賞を2回受賞し、91年に31歳で初めてオールスターに出場したリッキー・ピアースも候補。だが、ここはより“遅咲き度”の高いレディックを選出した。
 
 デューク大時代から好シューターとして鳴らし、2006年のドラフト11位でオーランド・マジックに入団。しかしながらなかなかベンチ要員から抜け出せず、最初の4年間は平均得点も1桁にとどまっていた。

 それでも29歳になった13−14シーズン、ロサンゼルス・クリッパーズに移籍するとともに先発に定着。以後7年連続で平均15点以上と安定した成績を残し、15−16シーズンは3ポイント成功率45.7%でリーグ1位を記録、通算成功率41.5%は史上18位にランクされている。

 フィラデルフィア・セブンティシクサーズ移籍後の18−19シーズンに、プロ13年目の34歳にして自己ベストの平均18.1点を叩き出したが、この時点でドラフト同期生は1位のアンドレア・バルニャーニをはじめ、上位10名中8人がすでに現役を退いていた。
 【スモールフォワード】
デトレフ・シュレンプ

1963年1月21日生。208cm・107kg
キャリアスタッツ:1136試合、平均13.9点、6.2リバウンド、3.4アシスト

 最も早い時期にNBAで成功したヨーロッパ出身選手の1人。西ドイツ出身ながらアメリカの高校・大学で実力を証明し、85年にドラフト8位の高評価でマーベリックスに指名された。

 最初の3年間は平均得点が2桁に届かず、期待外れの烙印を捺されかけていたが、インディアナ・ペイサーズ移籍後に成長。28歳になった91年にシックスマン賞に選ばれ、翌年も連続受賞した。

 本当のスター級となるまでにはさらに時間がかかり、93年に30歳で初めてオールスター出場。シアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)へ移籍後さらに2度出場、94−95シーズンには10年目にして自己ベストの平均19.2点をマークした。同年は唯一のオールNBAチーム(3rd)にも選ばれている。
 
「唯一の欠点は、レフェリーに抗議する時間が長すぎることだけ」と言われたほど、様々な仕事をこなせるタイプだった。ほかではジェイレン・ローズや、古くはドン・ネルソンも成功を収めるまでに時間がかかった選手だった。
 【パワーフォワード】
デニス・ロッドマン

1961年5月13日生。201cm・95kg
キャリアスタッツ:911試合、平均7.3点、13.1リバウンド、1.8アシスト

 プロ入りして比較的早い時期に、強豪デトロイト・ピストンズの主要な戦力になっていたので、キャリア年数的には遅咲きとは言えない。

 しかし、86年のドラフト2巡目27位で指名された時点ですでに25歳。年齢的には遅咲きと言って差し支えなく、またシカゴ・ブルズの一員として、世界的な知名度を誇るスターになったのは30代半ばになってから。遅咲きスターの代表格と言っていいだろう。

 なぜそんなにプロ入りが遅くなったのかと言えば、高校生の頃は身長が低かったから。有名大学からの誘いもなく、学校を出てからは空港の警備員として働いていたが、急激に身長が伸びてバスケットボール選手としての未来が開ける。

 シュート力は平凡でも執拗なディフェンス、そして何より史上最高レベルとも言われるリバウンドの才能に磨きをかけ、90、91年に2年連続で最優秀守備選手賞、92年からは7年連続リバウンド王に(最後のタイトル獲得時は36歳)。実力以上に奇怪な行動も話題になった、唯一無二の個性の持ち主だった。
 【センター】
マーク・イートン

1957年1月24日生(2021年5月28日没)。224cm・125kg
キャリアスタッツ:875試合、平均6.0点、7.9リバウンド、1.0アシスト

 ロッドマンと同じく、イートンもNBAデビューは25歳。ドラフトでの指名順位はもっと低く4巡目72位だった。高校時代は身長211cmの水球選手で、卒業後は自動車のメカニックとして働いていた。

 だが紆余曲折を経て名門UCLAに入学すると、82年のドラフトでユタ・ジャズに入団。ロッドマンと同様、攻撃面はさっぱりでも、身長を生かしたブロックショットは2年目に平均4.3本でリーグ1位に立ち、以後5年間で4度タイトルを獲得した。84−85シーズンの平均5.56本は史上1位で、ほかには5本台に乗せた者さえいない圧倒的な本数だ。
  89年に32歳でオールスター初選出。通算11年とプレー年数は決して長くはなかったが、通算3064ブロックは歴代5位、平均3.5本は1位に君臨しており、ブロックが公式記録になって以降の時代では最高のショットブロッカーだろう。

 その他のセンターでは、ドラフト外でNBA入りしたベン・ウォーレスも遅咲きの代表と言われるが、20代前半でリバウンダー兼ブロッカーとして頭角を現わしていたため、ここでは選ばなかった。

文●出野哲也

関連記事(外部サイト)